特定非営利活動法人 宮崎県ボランティア協会

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所在地・時間

〒880-0007
宮崎県宮崎市原町2-22
(宮崎県福祉総合センター本館1階)
水曜:12:00~17:00
木曜:11:30~18:30
金曜:11:00~18:00
事務局担当者は日替わりです。詳細は上記メニューの「協会スケジュール」をご覧ください。

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  • 理解できるまで3週を要したが、遂に野海さんの行動が判明。来年の芸術祭で何らかの仕事を要請されているからだろうが、持ち前の好奇心全開で大分駅までの往復でどんなヒントを得たのだろうか?去る13日㈰にワールドカップラグビーでにぎあう大分まで電車に乗ったふれあいの旅実行委員長。県境を越えスポーツ オブ ハートを味わいに。

  • [ストックホルム 14日 ロイター] – スウェーデン王立科学アカデミーは14日 、2019年のノーベル経済学賞をアビジット・バナジー氏、エステール・デュフロ氏 、マイケル・クレマー氏の3人に授与すると発表した。3人はいずれも米国を拠点とし 、貧困解消について理論よりも実践的な取り組みを優先して、数百万人の子どもを支援 した功績が認められた。 デュフロ氏とバナジー氏はマサチューセッツ工科大学教授。クレマー氏はハーバード大 の教授を務めている。 同アカデミーは、3人の研究成果によって貧困問題が教育や医療といった分野でより細 かく、精密に分解された上で対処できると証明されたと指摘。具体的にインドの学校に おける個別の補習指導や、世界各国政府への予防的医薬品向け支出拡大の呼び掛けなど の取り組みを挙げた。 デュフロ氏は女性で2人目、また46歳と最年少での受賞。記者団の電話インタビュー で「そもそも貧しい人たちが戯画化され、彼らを助けようとする人々でさえ、さまざま な問題が何に根差しているか理解していないという思いが、出発点としてある。われわ れがやろうとしているのは『諸問題を1つ1つに細分化し、できるだけ綿密かつ科学的 に解決する』ということだ」と語った。 また3人は、医療分野で使われている二重盲検法などの「ランダム化比較試験(RTC )」という研究方法をいち早く開発経済学に応用し、漫然と教科書の提供や無料給食を 実施しても効果が少ない一方、本当に手助けが必要な生徒に的を絞った支援をすると、 全体の教育水準が大きく改善することなどをフィールドワークで突き止めた。 バナジー氏は「今回の賞は単にわれわれだけでなく、こうした取り組み全体に贈られた 」と強調した。 インド 給食

    http://economics.mit.edu/faculty/banerjee/poor

  • 幹事・山崎の真骨頂は、下見旅行!愛車を駆って慣れ親しんだ熊本経由で、目的地日田はそう遠くはない。土産話のまえに写真だけ届いた。

    フライヤーにあるとおり、ふれあいの旅の締め切りは、10月22日(火)。次の週には事前交流会が、10月27日(日)11:00~14:00.宮崎県福祉総合センター本館1階ふれあいプラザ。当日弁当代500円(必要な方)。

    なお、参加費は、振込先:宮崎銀行(〆切、11/1(金))もしくは事前交流会時に持参。参加費23,000円 学生17,000円

  • 天下一薪能の待ち時間、延岡市ボランティア協会に近い、新市役所南別館の展示を見たのち、cafeで手にしたフライヤーをながめかえす

    遠いところの印象が続いていた。がしかし、23回目薪能の手作り客席一新の気合の入る公演にリピーター二人もその深淵なる流れに沿う気分、能体験の境地を感じるのべおか12時間となる。ようやくのことで、高速バスでの入りから時空旅演出のシテとなった、なれた。改築中の内藤記念館の主だった資料は、これも改築中の野口記念館跡地付近に移設してあった。

    一番乗りで食した謹製弁当も実行委員会スタッフの詳解付きで、職人さんに口頭でアンケートにも応え好スタート。大貫川たもとの夜は居酒屋に変身する魚屋えびちゃんの生の一杯でバス旅車中の疲れも吹き飛ばしたところ、加藤哲夫「市民の仕事術Ⅰ」の読書で脳の方は回転を速めていたので弁当でのべおかリズムに変調完了。

    歴代の藩主の統治図によれば、南の果ての大淀川流域が隣藩とのあわいの地のようで、県都感覚がまるで逆転する。城雪穂の宮崎城物語など読んどかないと、歴史に根がした思考を作れないのだと改めて実感した。そして、エンクロスなど新機軸も発信がはじまった。他の都、都城、日南、そして西都、串間、小林えびのなど旧都の歴史観を一番新しい宮崎に集約してこそ一体感のある市民の仕事は拡充するのだと教えられた野外オペラ・能鑑賞であった。

  • YAH!DOみやざきで土産にもらった刺身と派手なフライヤー!松家一押しのバリクラ。帰途、おかずは川原一之宅卓へ譲るも フレーフレーわけもんバリクラ
  • ★1=白井聡(政治学者)×金滿里 ★2=土居安子(大阪国際児童文学振興財団)×金滿里

    永山昌彦編集長時代からDMが届いてる、態変。表現の自由さえ物議をかもす令和年頭にファンタジーを仕掛けたようだ。済んでいる公演だが、表現・ファンタジーを目の当たりにするチャンスを是非得たい。

    作・演出・芸術監督 金滿里 演奏 瀬戸信行/クラリネット ジャージ川口(from ちんどん通信社)/バンジョー 仮屋崎郁子(fromちんどん通信社)/アコーディオン 音 かつふじたまこ
  • 世田谷発!ボランティア生活発見マガジン セボネ P13 OTAGAISAMA VIEW によれば 「小田急線沿線では、雑居(ざっきょ)まつりボランティア募集」たくさんのボランティアグループや団体が参加して市民の手でつくる、にぎやかなお祭りです。世田谷ボランティア協会も出店し、屋外バザーや子ども向けのわなげやさんをやります。一緒に活動してくださる方、募集中! とある。
    ステージ出演には、ラブ・エロ・ピースのエントリーも!
  • 鹿児島県からは、鹿児島大学、鹿屋体育大学が参戦!

  • 暗号化された情報インフォメーションを解くスキルは、他者との係わりで磨かれる。

    22日は令和天皇の即位。そのタイミングで40年ぶりのハチャメチャな同期の宴を賢治さんから招集を受け日本国首都へ。我々異種大学生集団が4年間を完遂したのは新宿にある箱根山周辺。この度宿舎に予約を入れたのは戸山サンライズ。当時は知る由もなしの異業種の全国的障がい者福祉研修施設。帰郷後すぐに虜になって今に至るボランティア界の総本山は代々木オリムピックセンター。首都で経験した2年留年の6年間にこの2箇所には出会えず、もっぱら赤坂見附の踊り場や新宿三丁目バーに少年期の宮崎からの同窓生との遊びに耽っていた。

    異種大学生集団というのは、体育会系でもまた異種でチアリーダーズ。創部80年へ寄付をという後輩の基金担当からやんわり催促を受け済ませたので大きな顔して飛行機にも搭乗できるというもの。30年ぶりに電話口で声を聴いた佐々木賢治はその名が示す通り岩手県一関出身代表委員主務。長野須坂高出身の宮前代表委員主将が健康を恢復し出るというのが同窓会挙行の決め手だよと東北なまりでガッハッハと笑った。何か舌を噛みそうな肩書が通用する学生服常時着用の世界は昭和ハザマ世代という呼称でマスコミが説明する世界平和な精神革命の50年間でも異種のまま。男女協働という流れも佐々木賢治が実行に移した訳で、規則や上下の厳しさ、人へのやさしさは縁の下の力として秘伝化され、学生スポーツの応援席で花を咲かせるためにハードな日常を由とする。ルーツ至上主義。

    閑話休題。話は冒頭の写真に戻ってみると、オルブライトホールを併設する宮崎市民プラザの3階の宮崎市民活動センターの指定管理者がNPOみやざきから宮崎文化本舗に更新され半期を経た。情報誌も一新され、渾身の情報発信が成されている。とはいえまだ、寄れてないので孫のアッシー君で行くのでチャンス到来。どんな顔と出会えるのかお楽しみ。わたしの血と肉に脈々と流れ更に濃くなったvolunteer_codeが指し示すトレンドときっと出会える。まあそんなものだ世界は。

  • 飫肥、西都原、宿泊は高千穂からというふれあいの旅シーズン1を振り返る。所用でまほろば福祉会本部事務所を訪問した。エントランスで山中道夫氏と井戸端会議が。筋ジストロフィー症の仲間の快挙的家庭生活など。

    先ずは、ボランティアシーンで若者たちが熱中時代を供にした磁場「国立療養所・宮崎東病院」今昔物語をたて糸に、外部から入りやすかった3病棟の少年患者たちと、そこの空気に魅せられたボランティア連との交流が横糸となり奇跡を起こす時間の力により織られたタペストリーを背景に還暦越えの二人は、高原町の新家庭の誕生ニュースを喜び合った。

    その入院生活当然から脱した家庭生活、伴侶を得た30代の若者は熊本の学生生活あたりから開花を始めた物静かな印象を先輩である山中氏には与えていた。そして山中氏がそもそも物静かな印象を我々ボランティアに与えていた訳で、山下ヤス子さんの後押しの大きさに応え、今のBE FREEでの生活は12年の喜志子婦人との家庭生活であった。

    さて、重度の障がいの男女限らず満員のバスを仕立てて、その時泊まったのは何と西米良。しかも廃校利用の農家民泊のはしり。すでに観光地としてその名は消え去って久しい。近場なので重度の山中さんら筋ジストロフィの若者らをけしかけ、スペシャルプログラムとして宮崎わたぼうし会が校庭コンサートをやった。花火も一発上げた。先生の特技として運動会用の花火を持参したのは原田恒夫理事であった。

    県職員として国民健康保険加入促進で過疎地を飛び回った職歴の野戸哲哉事務局長のアイデアと重度でも可能のニーズとわたぼうしをはじめ熱中ボランティアたちの一夜の祭りは明け心地よい眠りにさそわれながら一ツ瀬川沿いを下るバス旅。

    誰も考えつかないキャンプのようなふれあいの旅もあった。身勝手だろうがやりたい若者たちを信じ、いつのまにか同期してしまう大人たち、荒削りなやり方も基本の財産として秘蔵するふれあいの旅。

    ふれあいの旅シーズン1は飫肥、西都原、初宿の高千穂、思い切った別府と貸切列車旅が続くが、ユニークさではピカ一の米良の里もあった。その後やっぱ♨という狂乱の京町温泉と鉄路をひた走った。