台所からつくる明るい未来
第4回オーガニックフェスティバルは冷たい雨に午後からはうたれた。その分、空気は清涼感いっぱいで、回を重ねるごとにイベント的には進化を見せてくれる。帰り際、ドームのエントランス廃墟に足を踏み入れるにつけ思いはつのるばかりである。そのことは、三戸サツエさんの在りし日のこの場所での姿との遭遇のこと。彼女はリゾートが目前に迫っていた頃、反対しようもない時点でも拡大する前のフェニックス球場横の集合場所に立ち、南の松林群に向かい祈りのような反対ともお別れともつかぬスピーチをした。どうゆう訳か経緯は知らぬまま、車椅子の同志としてマッチたちと立ち会ったのだった。多分なのはな村とか経由だったのかは定かではないが。
そして、短くも美しくリゾートは半分は廃墟となったまんま。
しかし、最小の手はずで駐車場ビルではフリーマーケットがあったりと、愛する一ツ葉時代からこの沿岸は過疎のようでしっかりと息づいてきた。そんなリゾートと連結するようにグリーン博開催のために作られた大植物園空間はニューカマーとして愛され続け、前回と今回の市民的手作りイベントの格好の会場としてみんなを包み込んでくれている。
市民活動は野に放たれるならば、究極のミッションが鮮やかに出現するのであろう。生活の質を問うことが、様々なメニューとして活動となる。食と健康と同様である。このイベントを生み出す側には知人も多い。今回は客にブライアンもいた。英語教師として来日し、宮崎の人になって久しい。チョムスキーのことを教えてくれたり、前の結婚のことで手話もたしなむ。売り手にはニューカマーとしてサトちゃんも玄米珈琲の売り子になっていた。
閑話休題。やがては、三戸サツエさんが寄り添ってくださったように、福祉まつりにももっと開放感と生活の質を選んだ風が同様に吹き始めることだろう。3.11がたんぽぽのわたぼうしのようにこころをたくさん西へ飛ばしたようだ。そして、未来にたくすキーワードは台所からつくるなのだということらしい。都城市の市民活動助成での啓発イベントのチラシにあるコピーだ。われわれボランティア派はもちろんのこと、未来のあるべき方向性をわたしの台所から模索しはじめることが確実な一歩であろう。
雨のリゾートを帰路につきながらこの5年10年20年を思い出さずにはいられない日となった。ここちよいあめだった。