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36 フラニーとズーイ

2016年5月25日 36 フラニーとズーイ はコメントを受け付けていません

白昼の空いた銀行に、宮崎県教育庁生涯学習課のコーナーOPEN&TALKがしつらえてあった。引き寄せられ手にしたのは村上春樹訳の展示リストNo.36。
色んな仕事、例えば福祉の仕事などは「物語」として捉えることもできて、議論の素材にストーリー化は必須のよう。そのことは「判る」ということが「感じる」ことに他ならないこと、おもんばかることが福祉に必要なことを指す。けっして事をただすことでは無い。否定が過ぎないように気をつけなければならない。本の紹介にある。「兄ズーイはユーモアに富む言葉で、悩み自分の殻に閉じこもる大学生のフラニーを助け出します。サリンジャーの繊細な文章を村上春樹が訳しています。」酉年生まれの野海さんとの午後。早とちりを繰り返しつつ、彼の求める道筋と思考のギャップこそ未確認の知恵が潜んでいると思える。
通常のスケジュールを梅雨入りの為急きょ変更してどこでもドアーでやって来た野海さんにやや苦言を。それというのも当協会は先週、総会を終えたが、事務所シェアの団体は今度の日曜日。普段は率先して野海さん介助をして下さっているが・・・。「スイマセン」と言わせるのも仕方ない。しかし、言いたいことを言い、前より気持ちを立て直すことを可能化した性格改造ができた野海さん。視界は既に来月の再上京に向けている。旅での経験が彼を前向きに育てる。彼のサポート役として電話で東京の施設職員と用件をつなぐのも良い経験である。さあ、一泊は他の初めての所に宿を見つけなければならない野海さん。バリアフリーはバリアが古いの?とちょっかいを出すも、今後パラリンピック、命名「paraplegia」麻痺の意との造語。後の「parallel」もう一つの意に正式名称化(by
wikipedia)に集う仲間たちの利便性に少なからず関与するはずで情報集めに入った。ということは数多い東京宿泊はゆきわりそう利用だったのだ。さかのぼればエイブルアート入会から放浪遍歴は始まった。その激動は、同様な障がいのある作家松兼功ショッキングから始まったと述懐。アプリ「般若心経」を小野庄一カメラマンと共同制作し、現在は精神障害者支援NPO理事職も兼ねる松兼氏。彼への憧憬のまま無茶な針路に舵を取った。松兼といえば、昔のTVドラマシリーズ「おふくろに乾杯」で浜木綿子演じる母と坂上忍が演じた松兼をモデルとした障がいのある息子を観たことと、本物が宮崎にやって来て直接の出会いがあったことと回想する。無茶という選択に電動を走らせたことは共同責任がボランティアにもある。とはいえ、お金以外の何か知恵的な配慮でこの責任を全うすることがミッションなのである。メンタル面のサポートはピアカウンセリングとして今やケアの本質をなすことは超常識現象である。ぴあやミーティングから回復を遂げるサバイバーは静かな生活の中にある。その効果は喧伝すべきものでもなし。それは幼児から脱皮する如くのかなり霊的なエネルギーに満たされてのことのようだ。ルビコン川を渡る時に生じる変容。そんな脱皮体験は自身さえ気づかないことなのかもしれない。

宮崎銀行本店営業部ロビーにて

宮崎銀行本店営業部ロビーにて

なお、自分のことだけではなくふれあいの旅実行委員長の職務としては、昨日の実行委員会で宿泊先候補、日程、実行委員の実施月のスケジュールなど話題をこなしたようだ。山崎光代幹事のメモより。参加者「野海、渡辺、公立大・外山、漁、甲斐、原」6月実行委員会は7日、21日。一つの目的に向かい作り上げる体験の先頭に立ち、無茶はお得意だが静かなる男でもある。

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