続サルママ〜郷里へのラブレター

2014年9月26日 at 6:39 AMCategory:お知らせ

スキャン 9「地域を愛し、ふるさとを愛し、そこで一生懸命生きて行こうとすれば、何かしてみたくなる!それがボランティア」89年に青島で全国ボランティア研究集会が行われる前段に数回九州ブロックが長崎でもたれ、そこで基調講演した小松光一の現代の宮沢賢治的解題。以後、この言葉を反芻しながら暴走した青春期。

 と前置きした上で、この頃のわけもんの元気と煩悶をその頃の私的シーンを重ね合わせる。結局「すること」と短く呑みこんで活動は続くがどうも、自他とも積み重ねが無く浮遊感だけではモチベーションと拡散力が足りなかった。しかし、毎年2.11に開催されるミーティングが発散と勉強の場であった。ある程度経験を重ねた上で得た「砂を噛むような」徒労感な症状に劇的に効いた分科会があった。座長は静岡の小野田全宏氏。当時状況を突破したい人集合といったメニューを持たない・ミッションを掴めてない人向けのディスカッションだった。
実行委員レベルではKJ法が活用されていたが、討議が主流で今のようにワークショップ形式での研修はまだ確立されてはなく、助言者・水先案内人と呼称される人の個性が頼りで、勝手に悟らされる覚醒のネットワークの時代を成していた。その分科会で私が腑に落ちて意気揚々と帰郷して取りかかったのが「MEDOL」おせっかいという名の情報誌創刊号であった。とにかく発信しなければ意味が無いとボランティア活動フラストレーション打壊のために私が私の未来の為にマッチの加勢をもらった数ページ。彼は表紙にボランティア観光都市宣言をしてくれた。音楽のページもナミゾウが甲斐聖二論を電気椅子の希有なミュージシャンとライナーノーツしてくれた。松浦哲也氏がボランティア夫婦論を展開し美容室から展開される活き活きした視覚障碍シーンを筆で。わたしは架空デートという実況を平賀錠二を登場させ、実際「ライトスタッフ」でデートさせフォーカスした。
編集後記は写植から仕上げまで頼んだ新城写植の平田寛に任せた。おあえつらえにページの隅に「ボランティア365OG浜砂由美好に捧ぐ」と入れてもらった。

何が、目立ちたがりが活動で生産されるフラストレーションを出版と云う手だてで解消したに過ぎず、次号は無く、広報という手段が業界に定着した訳ではない、今も上質のジャーナリズムは最重要課題となっている。

 本題のサルママについてに書かないまま終わるが、何と言っても伝説のサルママの5号が本拠地若草通の外山模型に入荷してなかったから仕方ない。

  懇意にしている喫茶店のムー氏がおまけのCDの責任編集ということでブログしている情報とツイッッターでのニュースから想像するに、サブカルチャーが面白いという大発信を郷里の若者が内紛と正しい討議を重ね、おまけに手作業で仕上げた一大事のようだ。サルママに連帯し活字とグラビアとCDで網羅された内容は、私が知事なら経費を一億くらいあげる価値のあるものである。
  
  かって、県立図書館がまだ楠並木にあったころ、ホールではスキャンティー桃沢がサティファクションに身をくねらせていた。そこに敬意を表しにいったものだ。黒テントにも人は群がって小野和道氏は自転車でふるさとを巡っていた。
  サブカルチャーの存在感がニシタチのそれとあいまって活況を呈していたミレニアム前。

とにかく隗より始めよ精神で、若者が連帯したようだ。マスコミは誰も知らないと警鐘を鳴らすが、サルママも常識も「我がふるさとへラブレターを書きたくて書きたくて」そんな気持ちの沸騰があるのだ。

つまり、冒頭の小松氏が説いた「何かしたくなる」それがボランティアの根源の愛。

かって、出版というしでかしをして、少しはふるさとへの愛が通じたと自負できている私から、サルママに賛辞を贈りたい。まだ手にしてないが、CDも聴いてないが。
でも、一曲目のキリワイは太鼓判をペタペタ押してあげよう。そして、総てのサルママラバーにも。

なお、写真も撮れてないので、今年最大の事件ニパフ、文化ストリートでの催し、ダルク総出の客席の地べたで並んだパフォーマンスのときカンパ購入した自画像を掲げておこう。彼女は対話という表現をした比人レディ。

出生前診断[10/5]・尊厳死法[10/19]・重度障がい者の生命[11/15] ~を考える 3連続講演会

2014年9月18日 at 2:13 PMCategory:お知らせ

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@①県電ホール、②みやざきアートセンター4FギャラリーⅠ、③清武町文化会館小ホール/いずれも開始13:30
主催:NPO障害者自立応援センターYAH!DOみやざき
① 講師 松永 正訓(まつなが ただし)さん 小児外科医。『運命の子 トリソミー』にて、小学館ノンフィクション大賞。他に『がんを生きる子』『小児がん外科医』など。岩元 綾(いわもと あや)さんと父・岩元 昭雄(いわもと あきお)さん ダウン症や「出生前診断」などの講演、交流の活動。「第3回アジア太平洋ダウン症会議」に参加英語でスピーチした鹿児島女子大学(現志学館大学)英語英文学科卒。

② 講師:川口 有美子(かわぐち ゆみこ)さん『逝かない身体―ALS的日常を生きる』で大宅壮一ノンフィクション大賞。現在、人体と機械の融合によるQOL向上に関する研究に携わっている。

③ 講義1:重度障がい者の地域生活について ALSの当事者 重度障がい児(者)の家族 ダウン症児(者)の家族 筋ジストロフィー症の当事者
講義2:講演「自己責任」について 立岩 真也(たていわ しんや)さん 社会学者。立命館大学先端総合学術研究科教授。

参加申し込み、問い合わせは、FAX0985-75-0150 メール yahdo@r9.dion.ne.jp 
住所〒880-0051 宮崎市江平西1丁目5番11号江平ビル102号
NPO法人障害者自立応援センターYAH!DOみやざき 
電話0985-31-4800

第31回共同連全国大会熊本へ参加

2014年9月14日 at 7:57 PMCategory:お知らせ

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第5分科会共に働く事業振興セミナーなう
@熊本学園大学

三人目のスターは、シンガーらしいが自然農法の実践の感動を語る。奇跡の林檎の木村さんの一番弟子と紹介。その前の新潟の事例は、売るとデザインを進化させるスペシャルなものだったので、オーガニックな福祉の話に転じた訳で、。コーディネーター がんばカンパニー「滋賀」中崎ひとみのチョイスはすごいのだ。一人目のわが宮崎からの事例に間にあった。その聴き取りメモは「肉を食べさせるのがレストランなら、変化をジワジワ味あわせるのがコリドール。バイキングにしてから、数がこなせる慌てない精神障がい、客がヤル気を起こす安めのコリドール。繁盛しないと意味が無い」

何でもありの主催の共同連ならではの人選。なのはな村のお父ちゃんから、宮崎の隠し球として呼ばれたマラソントーク・プレイベントへの御礼参りに日豊本線経由で新幹線で駆け付けたのは、大正解のようだ。

スターの佐伯康人氏の事例は、農と根本の健康へと話は進む。三つ子を授かり、それぞれの障がいと立ち向かう内に、入り込んだ「降りてゆく生き方」。

自然栽培の作物が売れている今、農業と福祉の新たな展開。
ここで、お父ちゃんがコメント、先輩30年の有機農法vs自然栽培へクリーンな炎上。

なかなか、この対面は濃くなってきた。他に農の作業所から除草の大変さなど農業の話は耳がダンボになる。もっと農法を知りたいと会場が沸いてきた。

なお、なのはな村に歩叶(アルト)ちゃんが誕生したことも聴けた。

朝5時前にジェローム山下103・野海宅を出て、南宮崎ステーションへは一直線。
始発に乗り込み、新幹線で熊本駅、水前寺駅から熊本県立劇場、you meの前が会場。帰路は、路面電車で駅目指し、最終南宮崎駅各駅停車に鹿児島中央から。

フル丸一日の行程。旅は死のよう。この世の延長に在るところの死へ行って戻った。
死を生き、生を死んだごとし。今、ゆっくりと旅=死からまた、生へと戻る。
誰も知った人がいない街は、死の世界。知った人と歩む死の世界。
なんだ、旅は死ぬことで、復活を楽しむ生と死の喜び。
日々解決できない諸事情からいっとき解放され、足のある幽霊の如く振る舞い、
適当なところで戻る。そんな気分を強くした今回のレール上の旅だった。。

パワープレー まあるい劇場参戦

2014年9月11日 at 2:40 PMCategory:お知らせ

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前ふれあいの旅実行委員長、5年間事務局ボランティア勤務経験者の和田祥吾さんとふれあいの旅常連の森菜都子さんが遠征する鳥の演劇祭7のA2見開きフライヤーで詳細を識る。山里、鹿野町で二週間にわたり繰り広げられる。第14回全国障がい者 芸術・文化祭とっとり大会&鳥取藝住祭とも共催。5年前から「あいサポート運動」~障がいを知り、共に生きるをテーマに7月から11月までアートイベントが繰り広げられる鳥取県。プラスして、アーティストとそのアートを土着させるアーティストリゾート構想の施策も力が入っている。後援に駐大阪大韓民国総領事館韓国文化院、ほか仏、米、加など世界的。その初日と二日目を飾るのが「青空カラー」(たしか、お笑い兄弟のエピソードでメディキッド初演、まあるいのスプリングボードとなった初期作品のリメイク深化版)。今回も観劇はかなわぬが、2009年時には舞台裏で八面六臂の活躍の大島寛さんのパシリをしてモニターで感動した。時は経て、県ボラ仲間へ波及効果大の役者や台本家の卵らから精鋭二人と永山智行監督以下こふく系の面々が「奏でる」につづき再演する鳥の演劇祭7。

 さて、目を引くのがクロージングを飾る、TBTB[アメリカ]。障がいを社会的に普遍的なものにするための理解を呼び起こす6作品が「パワー・プレー~障がいをめぐる6本のアメリカ短編戯曲~」として上演される。さらにその「障がいを突破する演劇」TBTB正式団名はTheater Breaking Through Barriers (since1979)による演劇ワークショップが翌日にプログラムされていて、もちろんMiyazaki◎Maarui-Gekijyoへのスポンサー同様第14回全国障がい者 芸術・文化祭とっとり大会。
劇作家たちが書き下ろした作品は『取り戻せない』作:ジェフ・タブニック 『完全バリアフリー』作:ブルース・グラハム 『人殺し』べカ・ブランステッカー 『私たちの職場にようこそ』:サミュエル・D・ハンター 『なんでお前が幸せなんだ』:ブルース・グラハム 『地下鉄』:デビット・ヘンリー・ホワン
題名からいろいろ想像できる。日本では絆に収斂されがちだが、コテコテの関西発の運動がニューヨークを経てやって来ると予測可能である。しかし、世界は広く、狭いニッポン。ほんたふのやさしさがもたらされることが期待できる。とりの國に一足先に舞い降りるのはうらやましい限りだ。
 かといって、頑張るみやざき市民らがオープニングをかざるのは、また喜ばしからずや。TPPやら自衛やら守ることに必死だが、自国内で古く壊したほうが安心なものも多い。いや、突破するという演劇的発想こそ生で体得してしかるべし。
 先般の事前交流会の福祉総合センター前、おもいやり駐車スペースに三社のリフトカーが並んだのに感嘆した。どこドア、YAHDO!&天領の杜。この十年でバリアフリー作戦は外出ヘルパーの養成で目を見張るものがある。仕事も増えた訳で、見えない戦争渦中にしっかり生きているみやざき人。次の10年では、高期高齢化介護保険との格闘やらなんやら。こちらの予測は、我が身こそ今日を十分楽しみながら自由に生きていなければ、体力もまわりの介護状況も厳しいバリア菌が蔓延して苦しめる社会にカビていきかねないだろふ。だから、どんなバリアもひとまかせでなく突破していくことをしっかりボランティアシーンで識り、備えておこうっと。そばにバリア突破者が元気に真似させてくれる内に、経験積んどこう。この透明なる突破感既得者こそが未来を切り拓くパワー・プレーに参戦できるだらふ。

ミラーゲーム

2014年9月8日 at 9:09 AMCategory:お知らせ

スキャン 109去年とは反対側のボランティアセンター前角になにげに椅子を決めた。常連の鳥巣御夫人が控え目にポツンとおられ空いていたからでもある。11時までに間はあったがスルスルと時計の針は上り、ニヤニヤと学生の池田さんが反対側の開き自動ドア前にポジションを決め第一打に備え素振りの様子。司会か?
この多目的ロビーは、パーテーションを隔て指定管理事務所の会場予約受付カウンター部が凹み、かってボラ協事務スペースがミーティングルームを成し、午前は中国語関連で宮崎在住の人が打ち合わせ、午後はわたぼうし会だった。交通公園に身体ならしに車椅子操作検証で出たとき擦れ違った男女は確かに広東語か台湾風なおしゃべりをしながら館外へ。昼食も終わりにぎやかな交流中に入ってきた山田良一会長らわたぼうし会の会員は普段の閑散さに較べ六テーブルを囲んだ満席状態に驚いていた。そんな様子を眺められるテーブルは後に6班となり、たまたま囲んでお弁当もご一緒した人に他の席からトレードと欠席のあゆみの里からの参加、車椅子台数を換算してペアも三人組も含め決まった。他の班もズンズン決まり。簡単なレポートを班で一枚提出して終わった。辻会長は大學リーグ開幕の日曜なので監督業、野海実行委員長と山崎光代、ゼミの学生に託されている。先ず、実行委員が呼び出され、先ず自分から意思表示すること、周りの実行委員に声かける事が一番に強調された。初めての参加者、ボランティアにいろはのいは、伝える事を刻印する。丁度その伝えきれるかを試すのに良いゲームが「青空カラー」を引っ提げ広島・鳥取公演を控えるまあるい劇場からオリエンテーションされ、ペアを組んでミラーゲームに取りかかる。横の岩切レディgagaとのペアのわたしは、右へ左へ(左へ右へ)30センチにエアーミラーを隔て動作や首をかしげ思わずはまった。車椅子とデスクチェアの高さは気持ちのバリアも取り払いいつまでもやっていたいくらい。臨席でくっつき蟲していた森菜都子さんが女優なので、生駒さんにキャスターごと正面に連れ去られて集中できたのもあった。この手のアイスブレイクは数々のワークショップでは効果が証明されている。今ひとつポストイットが成果を生みにくくKJ法を進化できない分、先ずは真似よ!は真理である。ハンディの個性化の認知はボランティア界での到達点でもある。ハンディは隠さず、しっかりお財布やこころの金庫には鍵をして社会と渡り合う、共生指向の障がい者に対するには、真似よ!である。私のゲームペアの岩切gagaは一見派手そうだが、カワイイフアッションが身に付いて、ステップに載せたままのシューズもピンクのアニマル柄。同調してわたしもハットのことが多い。それを取り上げ汗臭いなどと反対側の女優はコカコーラ柄のTシャツで意地悪する。その意地悪とも丁々発止が今度はボランティア側自身の身のため。過剰な甘えにはムチも振るう。そのためにも言葉は鍛錬されなければ。伝えようとする意志に非暴力的対応がマスターできたときボランティア発の社会像は一つ積み上げられる。悪は伝染するから。(このジョークは先週の実行委員会で南さんからの、私の冗談が止まらずバスジャックに及んだ時のリターン)
まだ、一月あるので体調管理を促し2時には解散。その後ボディーガードとして宮崎銀行本店営業部ATMに参加費が吸い込まれ安堵する山崎光代に従い、留守番してくれていた生駒、藤原、原田のおしゃべりに加わり、さっっと夕立雲が街を洗い流すようにそれぞれの感想で振り返り、事前交流会の一日は終わました。とさ。

市民力へのアプローチ

2014年9月7日 at 7:53 AMCategory:お知らせ

IMG_336730回のふれあいの旅の始動・事前交流会の朝を迎えた。60名に設定した定員に遜色のない集客を果し、これまでの無事故記録も延ばす確信も自負したい。それでも明るく立ち上がろうとする不屈の精神にリスペクトするボランティア活動の灯火。たった一人でも動こうとする明かりがほの見えたなら、きっと呼応するボランティアが現れる。そんな見通せる距離感を保つ為に、主体である協会は事務所を33年開き続けている。会員同士の支え合いにより。高層ビルから見下ろせる規模にはならず、一時は退去の命も乗り越えた秘めた力も発揮して、借家の2階くらいのささやかな燈台を維持して建て、活動したい人の登場に応え続けるミッションを堅持。「ふれあい」事業にしぼって。
  さて、写真の新しい活動のイベントに参加したので少し我が領域の活動界を俯瞰してみる。2回ほど前月曜日事務局ボランティアの村田晋吾さん(イケメン芸人兄)と手伝わせてもらったので現在の様子を垣間みる好機となった。若いママひとりの活動が波紋を広げている様子に、アンケート用紙には「また、郷土を誇れる気持ち」と記した。のだが、web検索すると後半の盛り上げ役放浪の作曲家は佐賀在住。前半の講演は人気のある地産みやざき中央新聞編集長だったので、投函してしまったアンケートの「宮崎の井上ひさしとビリージョエルと賞賛した」のは手遅れだが訂正。若いママさんの感涙に会場も言葉にならないまとめであったが、いのちに特化した活動は勢いを得たようだ。感動しすぎるのも活動の身の丈には支障来す数々の事例は当然ある訳である。冷静に舵を執る事こそが必定。できれば手渡して行けるようであれば良い型。それも社会全体のひとりひとりへと。行政の制度化などというおおそれたことより、講師が言う「情」に訴え、それが自然な常識になってこそ夢実現というところか。若いママから泪が消える日も見えてきた好イベントであった。
 
このイベントというやつには、泣きはしないが鍛えられた。ビギナーズラックで800人規模の青島での成功に端を発し、日本財団の豊かな補助金啓発イベント、県主導のイベント、正式委託事業と33年間には、係わった実行委員に格好の学びの場を単発ながら展開してきて、県ボランティアの旗をひるがえしたものだ。
また、会員主体のイベントからも学んだ。古い記憶には「地球村」高木善之講演会なども誘われ聴衆に回った。
(盟友の落合たかみち氏が歌で参加ということで、)環境問題啓発のうねりは大きいものがあった。直後に震災やオウム事件もあり、感動や驚きに人々が活動だましいを揺さぶられた頃だったのか。ただ、組織維持の経費と営利の整理が伴わないと初心の貫徹はかなわないという点もあり、2014年現在はその点はなお、困難さを増している。そう振り返ればバブル経済の余波で活動したい意欲も高まったのか?
例えば、訃報に接し驚いたが気さくな市社協マン、西村寿一郎氏が県社協に出向していた時、上々颱風クリスマスコンサートをぶち上げた。震災前の奥尻・普賢支援ゲリラライブ泉谷しげるを日南大學とコラボレーション。
田野の専門校学生イベント。それに触発された前出の日本財団補助金啓発イベント。それぞれ参集した実行委員は今は散り散り、中年リーダーとしてそれぞれの場で、また活動の灯火を掲げる時を模索しているに違いない。

そろそろ、本日開催の事前交流会に向かわねばならないが、ともしびと云えば延岡市ボランティア協会がコラボする薪能のシーズンイン。市民力市場を名乗るにふさわしい延岡らしさ。当協会の副会長をお願いしている松下会長らの地域づくりの戦略は確固たるものが。夕べ観たDVDと円ブリオイベントが交錯して浅いボランティアともしび論となったが、あああそこを訪ねてみようという燈台の火をともし続ける、活動に目覚めた人のちいさな心の灯火を見逃さない初代事務局長宮田三男の言葉を今日も守りたい。

なお、観たDVDは湊かなえ原作をゴールデンスランバーの監督が爽やかに描いた「白雪姫殺人事件」。参加したイベントはワンオンリーいのちの会から円ブリオの会に進化する講演会。
 

僕らはみんな掛け出しの段差ー♪

2014年9月3日 at 1:36 AMCategory:お知らせ

ハウステンボス写真はなつかしいハウステンボスだが、いよいよ事前交流会{とき:9月7日受付開始10時、11時より昼食はさみ2時までの3時間。ところ:宮崎市原町2-22、県福祉総合センター1階ふれあいプラザ〜旅行説明、班・ペア編制、ゲーム(まあるい劇場メンバー指導)、サポート研修・介助レッスン他)を直前にした最新の実行委員会の模様。
夏風邪をものともせぬ迫力を感じさせる山崎光代から下見の報告。皆、一足先に佐賀へのバス旅に!想像力を全開にして。
スライドショウを眼で追いながら、現場で直面するであろう段差とトイレ、温泉問題に真剣に聴き入った。私は、途中何度か「何だ!わたしのおんな版ぢゃわー」とチャチャを入れるが、下見で対応して下さったイケメン達の優しさに触れ、既に30回の佐賀への旅はスタートしていた。バリアーな階段を協力により乗り越えた先の秘宝は、宮崎の狭い視野に生活する我々を驚かせ元気をくれるのである。先方の社協の手伝いがある有田焼会場がメインになりそうである。辻ゼミ学生を中心に動く実行委員たちにあと7、8人のボランティアが、特に女性が増えて欲しい!!!!!!!人員構成も発表された。現在53名の参加者。あゆみの里の6人以外にはこの日曜日には事前に会える。その事前交流会までに飛び込みの申し込みがあることを祈りたい。表題にしたのは、山下達郎の名曲。「僕らはみんな掛け出しのダンサー」をもじってみた。段差に立ち向かうとき刻む「セーノ」のリズムは解放感に溢れ、温泉のぬるり感が互いの皮膚を通して身体を温める時、いのちの鼓動が際立つ。是非是非、あと7人のボランティアを!そして、無理のない旅を。
下見のお土産の菓子を頬張りながら、実行委員それぞれがわたしにできることをシュミレーションするのであった。車中ゲームの景品も大分揃ってきた。狭いニッポン、段差の社会、格差も!それを狭いながらも楽しいニッポンにシテイコウデハナイカ!今回は特に、(ダンサー気分の)ボランティアのための旅を力説する野海実行委員長も退院して来てくれた。
学生料金20000円は、財布には痛いかもしれないが。お金だって友だち気分で喜ぶこのチャンス!

アザミの唄・納宏子

2014年8月28日 at 1:51 PMCategory:お知らせ

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ボランティア協会は倉庫を自前で持つ。婦人の消費者団体が牛乳パックリサイクルの整理棚、あと半分は北海道~韓国へのふれあいの翼事業の遺産。その中からシャワーチェアー2台を引っ張り出した。なーんだ田野の学校にご面倒をお掛けした分、解散する頃には、寄附できるほど痛んで無いのである。ただ、歯付座金1枚がソウルのホテルの隅に転がっているはずだが。
いよいよ佐賀の旅も近い。組み立てて、最大の難関である温泉シーンをシュミレーションできるではないか!7日の事前交流会で使用してもらおう。もちろん着衣で。
さて、ここからは、回顧録で「アザミの唄.納宏子」を紹介する。
協会理事で月曜日事務局ボランティア担当の菊永恵子さんの受賞結果発表を待たず楽屋を後にした34回わたぼうしコンサートだったという。
協会とわたぼうしの連携を今も繋ぐ役割を果たしてくださっている納さん。協会初動期、彼女がかけた一本の電話がバタフライ効果となり、数多くの障害のある仲間とボランティア、家族、社会へとふれあいのさざなみが拡散していった。ぼっけもんの条件として人をビックリさせたい精神が必要だが、彼女のちょっといたずら少女感覚はスマートで、永遠のアンなのである。戦中派で長女として生を受けてから、伏しての障害生活はちょうど中年期に差し掛かる折り返し時点で第二の生に胎動をはじめる。もう一度、今度は社会という世界に生まれ落ちるために、握りしめた受話器は、たらい回しの末、29-2949に遂に繋がった。木曜教室を立ち上げたばかりの事務局関係者一同は、俄かに産院のナース体制で彼女の到着を待った。長机に毛布を掛けて寝た姿勢で教室に参加できるように。生後間もない40代の赤子は、それから20、30代くらいの家庭教師ボランティアにも囲まれ、もちろん同世代のおかあちゃん友達もできてドリームカムツルーのお姫様状態に。そんな解放感の躍動をかぼちゃ姫とステージで発表したわたぼうしコンサート。この楽しい家出感覚は共有化せねばと作詞投稿者の集合を呼び掛け、呼応も中途視覚障害の男性、松浦哲也氏らとつるんで開花した。その初回の組織内で得票が多かったのが「つくしんぼうの会」本人の心情からいえば、当然「アザミ」だったのだが。
当時の市民福祉文化シーンは、局アナの東治男氏をわたぼうし会会長に据えダイレクトに波及する勢いがあった。
具体的に新生、納宏子ただ目立ちたがりの夢は、ステージのみにとどまらず実生活にも改革は進んだ。バリアフリー化は、今となっては定年も近いが、バリバリの新人公務員岩浦厚信氏のアフター5の働きで排泄自立の改造、そしてイマセン号上下式電動車椅子の到着にいたった。
月日は流れ、一足先に後期高齢者になり、介護保険法との折り合いも新たな経験、賢母の他界で完全自立。
流石の猛者も、姉妹同居生活の今は、半分はひきこもり半分解放の数奇な人生を振り返り、にんまりと過ごす日々のようだ。
しかし、あざみの野に生きる精神性は彼女の紛れもない望んだとおりの生活。さだまさしや小椋佳の王子の歌に安らぐ静かな生活。
シャワーチェアーのエピソードに戻るが、あざみ姫も海を飛び越えた。
一緒に漢江やらの散策にはつきあえなかったが、まだこの先、何が待ち受けるか?とりあえずは12月7日に関係者大集合の還暦祝い倍返しは目論んでいらっしゃる。そうアザミ姫の白馬の王子様たちも、前髪薄く還暦となった。とほほ

猫の殺処分数減少を県との協働事業で目指してみよう、共に

2014年8月21日 at 3:02 PMCategory:お知らせ

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宮崎県NPOポータルサイトをご参照(という鶴島・県NPO活動支援センターからのおすすめより)すると愛猫家には他人事ではない内容。
かって、「死体運び屋」と朝日新聞地域版日曜コラムに記録作家川原一之氏が紹介記事を書いてくれた私は今や古家で11匹のネコに囲まれ、隣接地区には迷惑をかけている。社会全体を俯瞰する行政としても無軌道に繁殖し、特に衛生面上問題解決を迫られる動物愛護事業に地域と手をとりたいという主旨がわかりやすく示されている。協働が目指すウィンウィンでかつスマートなハンドメイドな地域づくりに手を上げよう!と賛意を送る。
 もう少し、作家の昔話に戻る。その頃送迎ボランティアだった私は、車椅子をたたみ、お姫様だっこや王子様支えで自家用車から昇降したナイスな友達を目的地へと走り降ろしまわった。そんな活動、実は降ろしてからヤンヤとイベントにも混ざるという目的があったから無償でできた訳で、人を掘り下げる作家には私の本質を言い当てる能力があるので、普段は新聞販売の仕事で走る途中、深夜に轢死した猫を埋葬している噂をスクープしたのだった。彼自身も土呂久鉱害訴訟で住友本社前で座り込む闘士だったので義を見てせざるは勇なきなりであって、生きてる仲間はもちろん死んだ猫さえ大事にする変わったわけもんとして描いてくれた。モータリーゼーションの功罪で撥ねたりぶつけたり、怪我を負わせたりの人間模様の中で、実は隠すことのほうが多いのだが賞賛はありがたく受け贖罪も忘れないようにしてきている。いのちそのものに視点を向けるそのうちに、事柄はたいせつに丁寧に扱うか、気持ちだけ寄せて余計な事には手出ししないという心鏡も曇らせないように気をつけるように道は続いてきた。一匹の死体にそうも立ち止まってはいられないので、その場の最良の選択で済ませるが、死体運び屋当時は、わざわざショベル持参で杉林へ埋める行為に奇異さを感じない程、思考が狭かった。多分カルトに走る若者にも似たこころばえだったかも。心理的抑圧との葛藤があったのだろう。狭い正当性で重い蓋を上から載せておくと充満したエネルギーは逃げ場を失い爆発する。そんな大迷惑を繰り返しながら徐々に人間性を会得しつつあった頃を忘れはしない。
 そんなタイミングでボランティア協会の事業中心に行動していった。嫁さんはボランティア365のOG。それまでとの異分野な活動は新鮮で、蓄えてきたエネルギーは存分に無償の世界に放出でき応分の貢献の手応えも決して小さくはなかった。社会が舵を切り替えたので、そのままNPOの世界にも移れた訳で、スタッフライターとして協会の今日を記録している。こうやって。
 話を本題に戻すと行政は段取りをつける!のが仕事で、地域の人を立ち上がらせるため協働を仕掛け、その仕組みをNPOが考え、まだ機運が盛り上がらないので少数者が取り掛かって波及効果までは及ばないのが現状。教育分野が得意とする手法に頼らず、できそうな事に手をつけ始める簡単性から動き出すヒント=いのち。いのちとは、「いのちそのものに視点を向けるそのうちに、事柄はたいせつに丁寧に扱うか、気持ちだけ寄せて余計な事には手出ししないという心鏡」のプロセス指向でいたほうがわかりやすいと今日の私は結論づける。
 動物愛護事業が、核心の人間同士の愛を深める哲学を含むことを願って、本日の作文は終わり。カムサハムニダ。
写真は、協会の湯呑じゃわんに書かれた「日本青年奉仕協会のプログラム一年間ボランティア参加者が陶芸で試作した寄贈品。通称さんろくご、は全国各地に青年協力隊や、森づくり若者事業、同様フルタイムボランティア制度を利用して活動家の卵として育った人々への」オマージュ。

ザ・ボランティア笑・夜明けは地球の笑顔と供に

2014年8月20日 at 11:52 AMCategory:お知らせ

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市街地から海岸線4、5㌔に平行して走る道路に建つ病院に、精神しょうがい手帳を持つT.M氏と同行で野海靖治さんを見舞った。317号室は手前にご老人が臥しておられた。椅子と車椅子を広げ漫談を始めたふたりに眼を細めてくれた入院患者としての実行委員長は、電動という銀翼を失った喪失感写メされた2枚に映った憔悴は抜けたようで、会話中に咳き込む事もない。
気になっていた事にも、スラスラと応答してくれ、イ行の凸音が苦手なところを繰り返して理解させる技も取り戻していた。ラジオ出演前夜に異変の自覚があったので、サンシャインFMへは行けない、欠場をメールで知らせたとのこと。優香のコンサートには代わりに行こうかと意地悪言うと、絢香には絶対行くと打ち消した。この正確なリターンが、勘が戻っている証拠。行動力で蓄えた引き出しの中味もキチンと整理されていて相手に好感をリターンできる。ドクターの回診と、痰の吸入にナースが訪れたが、我々同様自由な応対をされていてストレスを目立たせない病院のポリシーも垣間みた。
お盆入りから俎板の鯉状態であったろうに、今回が自立生活での初入院ではなかったことも幸いしたのだろう。
ブラインド越しには、南の市街地が広がっているが燃える太陽の時間にははばかられる。YAH!DO自立室跡青葉町54番地方面へも視線が届く。その当初、T.M氏が夜の尿意解消のため近いアパートから駆けつけるという場面もあった。そう、初心者マーク同士の路地での激突流血騒ぎなんていうのもYAH!DO時代。二十歳の若い女性と三十路の自立開始男子は自動車と電動で見事に激しすぎる出会いを、一度だけのをやっちゃった。
そんな風に伝説を作ってきた男が45歳の余裕を病室で展開している。
笑顔のドクターの退院の目処の良かったの弾む声に、臨月らしいナースの優しい仕事ぶりに、笑顔で応対する余裕。その余裕が醸し出す笑顔。笑顔が産む更なる余裕。
(写真:横になったままで、眺める夜明けはこんな感じだろう)
我が宮崎では毎朝、太平洋に向かい夜が開け、上機嫌のときは、笑顔の如く空が海空をピンクに染めて笑うしばし。
街へ出る電動が、ボランティア交流で笑顔を運ぶ日々の再開も近い。
60名の笑顔が塊になって佐賀に出かける10月。その予行ももうすぐ9月になれば。
下見の様子の次回実行委員会には復帰してるだろう実行委員長。笑顔をあびたい人は是非。