Category: お知らせ

ぴ〜すけカード会員へ配布(展望)

2015年7月25日 at 7:28 AMCategory:お知らせ

何と”先達”ボランティア生活学校(矢崎黎子当協会理事の所属団体)には配布済みのNFCカードを全会員に配布構想が動き出した。団体会員内での末端への配布も、申し込みに応じる。これは相当画期的な事例である。先行していることは間違いない。ボランティア活動は自発性と先駆性の両輪で無償性世界をスピード感を持って駆動するSUVに匹敵するものと強調したい!そこからは勇気がとめどなく排出し、社会へも効果が流出する。元々、障がいのある人との接触で互いが違いを容易に乗り越えられる体験であるので、「ぴ〜すけ」カードのNFCスキルとシンクロするもので県ボラ会員がそのカードを携帯することに違和感は全くなくスムーズに進むことが予想される。
現在両人が体調を優先して席を立ったが、事務局ボランティアを牽引してきたショウリン&城戸両氏だったら上手く説明してくれるのだが、NFCとは、「かざす」とつながる、そう!!使う人はもう病みつきの⚪︎⚪︎カードとほぼ同じ仕様なのは、宮崎公立大学辻教授としての研究の委員会に県ボラから出席していたので自慢げに言える。
シチュエーションとしては、災害時避難所にやって来た障がいのある人に無粋に受付で問いかけるまでもなく、その人のもつカードを機器にかざせば障がい手帳の情報や投薬メモなどが引き出せるというような研究が相当進んだのだった。
ここからは、ライターの展望となるが、近々会員に送られたぴ〜すけカードをカードホルダーに携帯してみようではないか。事前に紙に必要事項を書き提出しておくことは欠かせないが、入会時に入会申し込み書を出したまだボランティアのひよこだった頃を思い出しながら。しかしその豚のイラストのカードは県ボラの会員証としての意味合いの他に、自身の危機時にも援助者側に容易に伝わるメッセージを内包しているからお守りとなる。
現在、宮崎市肢体不自由児親の会の山元さんが普及広報で全国に発信されているが、協会会員への配布が元事務局ボランティア・ふれあいの旅運営で大活躍の城戸さんのオーガナイズで動き出した。
柑橘系色の愛車を走らせ、城戸さんがやってくるのを事務所シェアのみやざき教育支援協議会も楽しみに待っておられる。辻研究室のITスキルを教育現場等へのメッセンジャーとして嘱望されている。
さあ、あなたもわたしも初会員証であるぴ〜すけカードをもらって自分のボランティア限度容量を記憶させながら、万が一に備えた情報も開示しながら時代を先取りした生活に役立てようではないか。かって善意銀行などが存在した業界にいち早くNFCカードが登場する宮崎からボランティアシーン一ページがめくられたことの意義は深く楽しい。

真・同棲時代

2015年7月23日 at 8:34 AMCategory:お知らせ

404.405號情報誌ふれあいの会員向け郵送もようやく終わった。県内外への発信が最盛期の頃より半減してはいるが百通余りの封書作業は有料会員(個人、団体、賛助会員)への唯一のサービスで回数も年間四回と縮小の途を辿る。
さて、一夜明けて引き続き県内社会福祉協議会と高等学校大学等へのふれあい送付も欠かさずミッションとして発信を継続する。ここのところは社会的要請のもとに設立された協会の誕生ヒストリーに由来してもの。福祉教育、ボランティア体験の推進機関の意味合いを持つ仕事が原初にあったからに他ならない。長期間にわたり県社会福祉協議会とセンターを担っていたが、全国に中間支援組織が確立された時点ですべては手を離れた。しかし、自発性を担保としたお蔭で活動拠点を失わずに最小限のエンジンに切り替え一NPO団体としての今がある。首相談話イヤーとなり言葉へのこだわりがかまびすしいが、現辻会長が様々な場面で発言される時に集約されている「ふれあい」とは具体的なアクションに裏付けされた万人に保障されたヤル気と言えよう。
ところで、昨日の事務所の様子紹介することで公式に同棲発表をしておきたい。お相手は学校教育支援に特化されたNPO団体呼称”メスカ”みやざき教育支援協議会様。住所は正規の申請でのここに事務所登記までには至らなかったが、辻会長の研究室で産声を上げられた斬新なニーズ対応型フロンティアである。代表理事は亀澤氏。常駐事務局は川﨑氏。現況が事務局ボランティア制で運営している当協会にとっては、願ってもないパートナーとの共同事務所利用が上手くいってありがたいのが協会事務の本音。開所してふれあいの場を維持することがより可能になったのである。月曜から土曜まで不在はなくなったのは大きな進展なのである。ほとんど主要メンバーが日替わりで週の半分しか、それもほぼお昼から出勤というボランティア流儀で事務所に到着すると、電話や訪問のメモ、受け取り品が机上にさりげなく置かれて、まるで優秀なお抱えコンシェルジュが居るホテル並みの有形無形のサービスを享受させていただいている。
それもそのはず、諸氏は学校事務のエキスパートで職を退かれてもそのスキルをIT系を中心にNPO化して展開している団体なのである。ライターの私の当番の水曜日などは、相方の電動車椅子ライターが作業用に座す簡易畳も廊下にモーター音が近づくとてきぱきと広げて創って下さる。協会メンバーの学歴である特別支援校で間接的にお世話になっていた方々からボランティアの場で今度は同志としてのお付き合いが始まったと言う訳である。
だから、今回学校と社協にふれあいを送付するに際して、一言この真・同棲のことをお知らせしたいのである。東芝の問題とは別に、日立と三菱は火力発電では合併しフル操業していると聴く。我々も経歴だけはあるのだが、みやざき教育支援協議会との密な交流の日々でボランティアの仕事に精度が増してきている。巷で言うWINWINな関係が立証されている。教育の現場で培われたスキルを退職後も磨きをかけられ学校教育の後方支援仕事化されている様は心強いものがある。し、協会は非常にラッキーなのだ。

パソコンから宛名ラベルを出力するのに数日手間取って困っていた段取りが、忙しいそうなのも省みず「どうすればいいか教えてください」と声をだすと数分もかからずプリンターは百件分出してくれたのだった。その時亀澤氏の顔がビルゲイツに見えた。

プロジェクト ヒストリー

2015年7月22日 at 8:03 AMCategory:お知らせ

3,000万人が飲む井戸水から、毒物の砒素が見つかった。
5万人を超える砒素中毒患者も出ている。
豊富な水に恵まれながら、安全な飲み水がないバングラデシュ。
なぜ、デルタ地帯の地下水に砒素が入るのか?
どうすれば安全な水を供給できるのか? 
維持管理体制をどのように築けばいいのか?
それ以前に、砒素が何かを知らない人々に、砒素の危険を伝えることができるのだろうか…。
立ちはだかる“地下の不思議”と“地上の困難”。
〈いのちの水〉を求め、日本のNGOとJICAの連携プロジェクトが始動した。

SAIKI(佐伯印刷株式会社)の3月出版で、我らがKK羅漢こと川原一之さんの新著「いのちの水をバングラディシュに」が気になる。一先ず、アジア砒素ネットワークのニュースレターで近況を読んだ。”あの”記録作家のクッキングコーナーもお楽しみであって、バングラ生活を支えた自炊の知恵を直伝する企画の助手も募ってあったので、エントリーすっかとも考えた全体的にリフレッシュした?NGOの動きが伝わって来る。
岡山に戻った竹内周作さん(宮大生ボランティア&V365OB)がお礼参りに帰宮した折、鶴島のNPOハウス2階事務所に机を運び入れたばかりの川原さんを訪ねたのだったが、当時の理事長の上野登さんも鬼籍に入られ、横田漠さんに変わられたが一貫してダッカ、ジョソールそして宮崎と現地を中心に展開してこられた。NGOの基礎からボランティアの基本を学びなさいと我々をバングラに招き、砒素汚染のセンターの隣の人権と障がいのセンターバステェシェカから二人を日本に交換研修させるのにも骨を折っていただいた。そんな当初からのお付き合いも20年も経過すればヒストリーとして叡智が蓄積され、この宮崎の地を基地にしたNGOとして頼もしい限り。

直接お話が聴けたのは、ろ過法として自然流をと、毒をもって制するのではない微生物にまかせる方式を認知させようと奔走されているところで、相変わらずあったかい大人な方だった。心の中の燃える情熱が人の優しい暖かさに程よく変換されるには、しっかりとしたシールド・鎧を常に身につけられているからだ。ニュースレターのコーナーによればそんな身を削るような志を維持してきたのに役立ったレシピの第1弾は蒸し米粉菓子だったようだ。
早大、朝日とジャーナリズムの宇宙を飛行された若き筆太郎が、鉱害被害者の闇に舞い降り、肩書きを脱ぎ捨て徒党を組んで明かりを灯し、我々の拠点ほうれん荘にも寄り添って下さり半生の総てを懸けたプロジェクト『いのちの水』。
我々に更に「生きる」価値のことを伝えてくださる。

ふれあい404号405号

2015年7月15日 at 4:10 PMCategory:お知らせ

情報誌は、印刷され次第会員に郵送される。今年度初の発行。5月の総会報告から、大きなイベントふれあいアート教室の様子を伝える。根強い人気の寄付者名掲載も。
一部紹介する。

ふれあいピースケ

2015年2月15日、宮崎公立大学・辻ゼミの学生さんたちが協力している「サロンドピースケ」、「ピースケハイスクール」、「ふれあいアート教室」の合同の発表会が行われ、健康体操や、演劇(語り部)と書のパフォーマンス、色かるたなど、今年楽しい1日を迎えることができました。ここからは私、野海靖治の個人的な感想です。
ふれあいピースケ(ふれあいアート教室の報告会)

さて、メールに内容不明のただ、52円切手同封の封書に心当たりはないかという情報が寄せられた。たまたまハンディエンジェルズの探偵事務所のような感じの水曜日事務局ボランティアなので、想像は膨らんだ。ネット世界ではあるが、世代では郵送が頼みの綱という人口が大多数のはず。宛先は宮崎県福祉総合センターであるので、その切手で何かの必要としている情報を送ってほしいのだろう。ただ、52円では数枚の募集要項などは送れないので30円不足ではあるが。逆に不足分を送って来たとの推測がされていて、ただしどの団体なのかが不明で・・・。ということ。センターの広報掲示版には「心豊かに歌う全国ふれあい短歌大会」の応募が7月31日までの消印有効ということで長寿社会推進センター(県社協)が怪しいとにらむ。
だが、人のことばかり言ってはおれぬ。ふれあいの旅の4ページものの募集要項も梅雨にも負けず出来上がって500部の内ふれあい404405号と同封されて会員へも周知される。こちらは、9月25日が申込〆切、旅行費は9月30日までの銀行振込もしくは、10月4日の事前交流会持参となっている。
もうすぐ梅雨開け
ということで、梅雨明けが早いか、ふれあい誌が届くのが早いかのタイミングになって来た。ネット世界に何かもたもたしている感もあるが、実際ボランティアという行為はゆっくりしたリズムに寄り添ってみるのも楽しいものというスモールでビューティフルなライフスタイルに通ずる。だから初回の貸切り列車の旅は夢の実現であった。31年を経て、速さの世界へと変貌を遂げ、でも時を味合うかのようにスローな生活者たちとのコラボレーションは色あせはせず、年金暮らしや介護保険世代に入った健常者を含めお金は一円も動かないがマーケットは広がっていると感じる。

ヤッド!自主県条例提案&噂の映画「みんなの学校」大空小!

2015年7月11日 at 7:43 AMCategory:お知らせ

宮崎文化本舗の井上優さんから是非広報をお願いと受電。宮崎キネマ館では、職場体験で出社した協会隣接の西中の生徒がpop作成をした何か「繫り」がわくわく広がる大盛上りの映画上映がいち早く県都へも。
また一歩先んじて、同様の共生社会実現に向けて県議会へ自主性のある条例制定要望をヤッドみやざきが展開を始めている。連日週明けの安全保障今国会議論と台風のニュースをメディアで学習しているがフォーカスを生活圏内に当ててみても様々な問題解決策の議論は熱い。ただ、自分の立ち位置を堅持していないと流され飲み込まれること必然。泳力は磨かねば身につかぬ。少しの実体験でも脳は活性化して良好な選択を自信づけ、みんな友達感覚も醸成できる、そんな実体験を各ボランティアシーンは門としている。
考えすぎ=動けない。また、順番は動けない=考えられるでもある。先週末は不登校新聞の三銃士が宮崎の様子見にやって来てくれた。引きこもることが常識を鵜呑みには出来ないという不信感に立脚している事、懸命に子どもなりの哲学に過ぎている状態だと一聴衆の私は新たなボランティア的体験で思考を加えられた。自分なりの思想がどこかで繋がった。そんな緊迫するストレスには「溜め」が必要だと伝えてくれた。全く新しい用語「溜め」。追い詰められ、自分をそれ以上追い詰めないために発明した境地が「溜め」であるらしい。セーフティネットとも称される。
映画の方は、是非足を運びたいが、障害者差別禁止条例の硬質な出来栄えには意見を持ちたい。一度発達障害系の意見をWEB上でアンケート答申したが、県レベルでも最良の条例作成のプロセスにそれほどの研究の余裕はないと感じさせられた。ここでも本来の「溜め」の思想が働いていないのでは。障がいのある人への考え方が文化化へなされにくい今社会であることは間違いない。
先ずは、思考の堂々廻りに引き込まれずに「溜め」感覚の修練のつもりで上映に期待し、差別禁止には応援の態度で条例制定にも意見を自ら形成したい。

ポスター完成 10・24/25 楽しい旅行

2015年7月8日 at 1:11 PMCategory:「ふれあいの旅」エッセイ | お知らせ

ふれ旅ポスター
梅雨明けを先取りしたようなブルーを基調とした完成度の高いポスターが出来上がって、もう三月で31回ふれあいの旅当日を迎える。料金が10,000円高いんじゃない?などと訝しがるなかれ!世界で一番適正な価格で実行委員会は自信を持って取り組んでおられる。
鹿屋バラ園(名物薔薇カレー)とイルカランド(丼か麺)での2食の昼食も付いて、休憩・見学箇所も余裕の南九州巡り。幹事さん得意技の小鹿酒造での試飲ももちろん。道の駅めいつとフェニックスにも寄るので県民として地元還元もでくる。
なにせ、31回も車椅子集団が轍を付けて来たのだから、もはや伝説と化したふれ旅だが、いつも事前交流会(10/4)の顔合わせがスタートラインにヒャラヒャーツと並ぶ念入りの安心設計。腰の痛さも何のそのブルーのポスターに象徴されたちがいを超える旅の価値はきっとまた上昇を続けることだろう。

わたコン( お誘いのメールとホームページ広報で構成)

2015年7月6日 at 10:27 AMCategory:お知らせ

 素敵な世界 (40歳)

太陽の光を受けた朝露が 宝石のように輝くのを

あなたも見ることができればいいのに

果てしなく広い黒い空に 神々しい光を放つ月を

あなたも見ることができればいいのに

手をつないで 歩ければいいのに

息が切れるほど走って

風をかんじることができればいいのに

どれだけ思ったことでしょう 素敵な世界を知るまでは

あなたのおかげで多くの出会いがありました

自由にならない体を駆使しながら

一人暮らしをする人 自分のおもいを綴る人

「人に迷惑をかけながら生きています」と胸をはって言える人

自分を知り 自分をたのしみ

生きる力がキラキラまぶしい

そして必ず誰かが支えてくれる

なんて素敵な世界でしょう

今のあなたがとっても素敵

 コメント(作詩者作品への想い) 

子どもの障害告知をされ悲観的な頃もあったが、うまく受容しながらふつうとは違うことを楽しみながら生活していた私だが、息子を通して出会った人たちが「こりゃ参った!カッコイイ!」と思わされるほどエネルギッシュな人たちだった。先のことを考えれば不安もあるが、何だか「大丈夫…」と思わされる力強さだった。また、それを支える人たちと織り成す空間を心から素敵だなと思った。息子にもそんな生き抜く強い力を身につけて欲しいと思った。

こんにちは お元気ですか 8月23日に市民文化ホールでわたぼうしコンサートが2時からあります もし良ければ見に来て下さい 2時会場2時30分開演です

ふれ旅の最古常連さんの男性よりのお便り。武智秀之さんは、職場の兄貴分だった中村幸広実行委員長(ふれ旅最盛期)の活躍を今も大事に心に秘め、自身はわたぼうしコンサート(宮崎わたぼうし会)で張り切っておられる。
今年のポスターは、菊永恵子さんのアートによるもので「詩い続けて」がテーマに。
恒例の、賞のプレゼンターで当協会の辻利典会長も登場します。

 チケット販売開始‼
協会事務所までどうぞよろしく!

♪第35回コンサートテーマ♪
    『詩い続けて』
 私は詩い続ける  私の想いを伝えるために
 私は詩い続ける  誰かの命をつなぐために
 私は詩い続ける  あなたに愛を贈るために
 

【 第1部 】 今年度入選作品発表

今年も、素敵な作品6作品がそろいました。
作詩者の方の想いもあわせて、お聴きいただきます‼

 第2部 オリジナルステージ 「詩い続けて」

 人はいろんな想いを抱きながら、生きています。
だれかにその想いを伝えること、自分を表現することの大切さ、素晴らしさを皆様と共に考えたいと思います。
出演者 
♪なかまプロジェクト(音楽療法)
 日頃、音楽療法を楽しんでいる子どもたち、先生がコンサートのためにグループを結成しました‼

♪るぴなす倶楽部(合唱)
 宮崎県立児湯るぴなす支援学校の保護者の方を中心に、日頃楽しまれている歌をお届けします‼
     
♪グループ空(語り・歌・ピアノ)
 宮崎わたぼうし会の中にある表現グループです。今回もいろんなことに挑戦します‼

Fonte(誌・源流より)来たる

2015年7月5日 at 9:35 AMCategory:お知らせ

ヤな長雨の中、KITENビルホテル階の商工会議所会議室フロアに開始後の石井志昴編集長講演中に潜り込んだ。スライドが刻々と不登校当時者側からの気持ちの有り様を紹介し15分の休憩に入り会議室が明るくなると、奇遇にも周りにはウッチ氏などが窓辺の眺めの良いエリアに陣取っていたので、急に和んだ。
帰り掛けには、聞風坊の新著も購入できた。編集長からはこの手の集会のルールのひとつ他言無用という、ネットルールが付け加えられ、後半のグループ・テーブル・ワークショップに入った。どこの誰々がこう言ったとネタ話にする不快さに注意しよう!また、自己紹介では、今日こんな良いことがあったを付け加えるようにとの、対人関係で苦汁を飲んだ経験が活かされたゆるい雰囲気のご当地初・不登校新聞講演会だった。事前の告知が宮日に載り、極少数既読者の割には会場はほぼ埋まり、勇敢にも不登校当事者と経験者も数割は混じり情況の深刻さ、つらさをできるだけ明るく考えようという中庸な磁場が形成された。そう、往年のボランティアの研修会なんかこんな具合だった。中央からオルグがやって来て新鮮な知恵と勇気を運んで、潜在するボランティアの芽に滋養を注ぎ込んでくれたもんだった。
我々のサイトからも野海、生駒コンビが席にいたのは宮崎らしい。そのテーブルで司会していたのが新県議というのも又、県都での初開催ならでは。IMG_5331
我が家庭も、何とか危機的情況を過ぎ越した経緯があり、みなさんのバックアップに救われた恩があり、来たるべき孫子の似た情況にもこころ積りはあるつもりだが、やっぱし、研修で備えておくのは必須である。ルール上、詳報はしないが、空気の半分くらいは藁にも縋りたい気持ちも感じられ、なかなか郷土の封建制気風にまだまだ共生社会化が広がっていかないしわ寄せはある。
しかし、学歴が!にめげず独特の「溜め」志向で元気回復法を生み出してきた当事者からの声とアクションは誇らしい。折しも選挙年齢や、大国では同性婚承認などひきこもりたくなるくらいの変革の渦中、のさん県民としてはのさんけど楽しっちゃわくらいの風土を維持していくための知恵の研修を歓迎していきたい。政治以外の言説の手法で果敢に社会のあり方について考える新聞社、よくぞ宮崎に来てくださった!どうぞ今後も交流しましょう。

ふれあいの旅とは?

2015年7月1日 at 1:47 PMCategory:「ふれあいの旅」エッセイ | お知らせ

28日(日曜日)の実行委お茶会と30日の第5回実行委員会を経、要綱がまとまる。
今回の呼び掛け文は「障がいのある人とない人が共に過ごす一日二日の旅です。普段バリアを感じて旅行に行けない人もサポートを受けることで楽しい旅行ができます。『障がいのちがい』を超えて、『幅広いせだい』の人と交流し、寝食を共にすることで、人とふれあう楽しさや優しさを感じられる充実した二日間になります。一緒に思い出を共有し、心に残るボランティア体験をしてみませんか?」
ここで、タイムスリップして、「昭和57年10月30日発行のボランティア情報No.23ふれあい」の一面を飾った記事に注目してみよう。
―ふれあいの旅―飫肥城を見てきました。(タイトル)秋晴れの10月16日、予定どおり自家用車5台に分乗して午後3時30分飫肥の旅館に到着、日南市社協、障害者福祉協会の幹部の人達の歓迎あいさつや、おみやげを頂いた後、夕食を早めにすませ、飫肥城祭りに参加しました。
飫肥城では段差が多いため、松葉杖の田中さんがちょっと苦しそう、村中田さんには見知らぬ人から車椅子を抱えてもらうなど、思いがけないことも起きましたが日南の人達の暖かさ優しさにもふれることができました。午後9時過ぎ旅館に帰りましたが話しは尽きず夜遅くまで焼酎と歌と話し合いが続き本当に楽しい夜でした。(障害者9名、VO、9名の18名参加)宮田記。
 そして、昭和60年5月31日発行ふれあいNo.54の第2面についに『ひまわり号』を宮崎でも走らせようぜ!―障害者列車『ひまわり号』にあなたも乗ろう!!-の呼び掛けが踊る。汽車の旅っていいですよね。駅弁食べて、知らない人と友だちになって、現れては消えてゆく景色を窓ごしにながめて感傷に浸ったりして・・・で始まる名文は準備委員会を作るために奔走中と末尾に自宅の連絡先を紹介する永山昌彦作。
(続き)でもハンディを持つ人達はひとりで外出するのもなかなかできません。ましてや公共の乗物(汽車やバス等)を使って旅行するなんてことは、あなたたちには何でもない当たり前のことでも、彼らにはかなり困難を要します。”一度でいいから列車で旅がしたい”そう思っている人は多いのです。(以下、2年前に東京ではじまった旅行が九州にも広がっていること。ボランティア活動の低迷、住みやすい街づくりの理想を熱く訴えてある。)
ひまわり号
 それから遂に昭和61年1月31日発行のNo.62号に第1回ふれあいの旅の告知が載る。わたしたちは ふれあいを求めて旅をする弥生の飫肥に きみは 何をみつけるか
障害者とボランティアが列車を貸切り、歴史の都、日南市飫肥への旅行を企てました。主役は あ・な・た です。新しい自分を切り拓くチャンスです。どうぞ 振るってご参加ください!

その間ハンディをもつ人の呼称は、障がいのある人にゆるやかに定着し、ちがいを超えるという現実と向かい合う31回目の旅へとリングしてゆくのであった。

配布先・野海靖治旅日記小冊子版6部

2015年6月25日 at 6:48 PMCategory:お知らせ

チャレンジド(日本福祉大学の学生だった人たちが立ち上げた団体)
日本福祉大学通信教育部
ヘルパーをしてくれた寺田さん
伊勢志摩バリアフリーツアーセンター
ゆきわりそう
サンクチュアリ出版(売り込み )
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名古屋と東京と日本の中央部を電動車椅子で探検した、ふれあいの旅実行委員長の足取りの一部を知る事ができた。
原稿をまとめた旅日記冊子を手渡した相手は6ケ所。サンクチュアリ出版は、都内の五輪エリアに住所があるので渋谷区を相当巡回した模様。
トイレ介助で遺恨を残す形になった原宿署は新築移転してきたようだが、その地は元は社事大があった跡地だという。戦後の日本社会福祉を牽引した大橋謙策氏など著名な教授陣らが厚労省とアイデアを創造した磁場。
何の因果か?野海さん系の起こるべくして招いた小惨事だったようだが。意地悪く観れば 話題の おもてなし五輪 へ、福祉的な配慮が創造力の源であることは自明の理。
動いた電動が付けた轍に、ボランティアの芽がきざすことを信じよう。