Category: お知らせ

現代ボランティア気質

2015年3月1日 at 11:34 PMCategory:お知らせ

スキャン 122東へ西へ散って行ったボランティアコーディネーターたちは、2016年同時期に多分横浜で集結するまでまるまる一年を別れの余韻を糧にして、業務にいそしむ。わたしの新しいファイルに収められた数名は、大阪ボランティア協会職員だが54名の運営委員枠には入らず自由にうごけていた梅田純平さんの顔を筆頭に息づき私の頭の中の細胞に酸素を運んでくれている。次世代を担うボランティアが制度のシャワー浴びる公式にも我々の得意分野、非公式にも若者の通過儀礼の意味合いは尻の蒙古斑の様に人類の本性なる活動をくっきりと刻む。
しょっぱな、コリアセンター・コミュニティーカフェ「ナドゥリ」でであった尹東柱の美しい詩から、真逆の釜ヶ崎の空気を大探検サポートしてくれた森本さんがつぶやくように感じさせてくれたオモロさのシャイさ加減、頭脳が集結してミキサーにかけられた怒涛の分科会、ほんたふの競泳は金槌な私だが奇跡に遊泳して帰還を果たしている。イデオロギーとしてのボラがあるとすれば、反体制、火のついた統治を救うべく姿なき活躍の志士。
声を聴き、なさいと言いたい領袖。やはり、加留部さんのファシリテートは文学の香りに満ちていた。誰もが褒めさやす山崎亮流より
トーンが重層感に溢れ出す真摯さを呼び覚ます。聴くは庁の字体でありユルすなのだそうだ。あの県庁の庁は聴く処なのに本来、あー出がけに聴きに行ったのは正解正解。
ここまでで報告その1。

2015jvccへの旅

2015年2月24日 at 8:55 AMCategory:お知らせ

出張日程表
旅立ちの歌が繰り返し流れていた。小室等と六文銭による楽曲は当時がヴォランティア未明であったにもかかわらず社会が息づいていた証人か?1969年には、野海さんやスティーブマックィーン監督が産まれもしている。いよいよ時代の落とし子達が力量を示し始めた今期今週大阪へ向かう。
男女協働参画の担当者からも研修の誘いを受けた本邦きっての研究集会である。迎えてくれる大阪ボランティア協会は早瀬昇さんらの仕掛けが充分で露出度はWEB上でも最高潮に達している模様。定員越えの参加希望者に49番目に滑り込んで抜かりなし。思えばヴォランティア歴の大半は研修参加そのものであった。消失した団体JYVAの名は復興の兆しが聴こえて来ないが、大戦後の焼け跡から生じた中間支援組織JYVAと大ボラは民間ボランティア懇話会を率い今のNPO世界の礎となった。・・・と大九州島のさらに南から熱く思いを馳せていたものだ。阪神淡路大震災後20年の今年3.11を目前にする28、1の二日間の日程に参加する。
言葉が溢れすぎている割には、制度の陰に窮屈な姿勢をとっているボランティア。しかし、老舗の大阪ではまだ、色褪せず息ずくボランタリズムちゅうもんがあるんやろからいちみろかいという訳で細かく計画した。
ハンドブックとしてウォロをめくりながら、案内人ツアーで釜ヶ崎、山王、新世界へのオプションも決めている。宿泊はJT生命誌館のある高槻に取り、船旅で5日間とした。
ボランティアコーディネーター職業に就いたキャリアはないものの在野のコーディネーター、県ボラ理事、こうやって好きこそ物の上手なれのスタッフライターで遊び仕事に専念しているので行かねばならぬのである。つごう4回目の研修で得たものは大きく真剣さに満ちる。東京では立教キャンパスに震災後の統制下の重たい空気を感じ、名古屋淑徳では、カラフルなファシリテーションにリフレッシュ、昨年の栃木白鴎ではドリームマップを作成でき、懸案のホテルボランティアが2022年には完成ということをでっちあげた。
今年の成果も宮崎県のNPOマネジメントアドバイザー会議へ報告するとともに協会へ返して、会員ならびに県民のボランティア気風涵養に応える。同時進行で携わる第19回照葉樹林文化シンポにも通ずる「結束」力と再生へのメカニズムを見識して来る。総ての事物、事柄が再び春を迎えるこの列島を行きて。
では、ふれ旅同様充分に楽しんできまーす。

おおつごもり

2015年2月18日 at 6:26 PMCategory:お知らせ

幾分風の冷たさや底冷えにも春の予感が発ちあがり、バス停で南九州の温暖さを語りかける婦人の香水に混じる。集まったシアター・ミヤザキのメンバー松田俊彦さんと渡辺康造さんはバイクライダーなのでそれなりの防寒だが、北窓の事務所は冷える冷える。ブライトハウス住吉から配達された弁当を会食し、映画構想チャプターに手をつけていると、ガラス扉上方の掲示チラシの陰から顔が覗き、苺パックのレジ袋を提げた河野省吾さんが歩いて入って来た。車椅子時代が永く、リーダー役も低いところから丸刈り頭で川南弁をまくす怪人であったので、知ってはいても歩く姿にはあっけにとられる。詳細は、松葉杖姿の外見を気に入らず体調もあって車椅子ライダーとして事務所に日参の日々がかってあった。元々が赤十字青年奉仕団員の縁もあり、児湯地区の福祉研修で放し飼いの公務員落合盛冶さんに結び付けられた高鍋での初対面は鮮烈であった。こだわりの人でもあり、つばさ21事業の参加者つながりが残る代は少ないが仁義は途絶えさせない健さんや文太さんに執拗さを加味した団塊のひとり。

河野省吾さんの土産

河野省吾さんの土産


口から出たのは、賛助会費はいくらや?ボランティア派遣で手を焼かせた国立病院勤務の奥さんも孫の守とのことで、後方支援に徹するボランティア晩年を迎えていらっしゃる。牧場経営も断たれた頃だったので納屋に置かせていただいた古着や道具類の協会ゴミ遺産が残されている事もあり川南には足が向けられない当時の責任者は私。しかし、闘病中に過度な活動で徒歩を回復した稀有な存在で、児湯七不思議と言えるんぢゃないだろうか。もう一つは、都農の同日に生まれ結婚し、同日に亡くなったという仲良し夫婦のエピソード。そして多分29万の雫など旧都高鍋界隈の歴史遺産福祉の部にはたくさんの話が面々と続くのであらふ。新しき村、絵本の郷、野の花館、石井十次、南九大etc。
シアター・ミヤザキの集まりは来月も続けることに。統合失調症などと向き合う本人さんが趣味の世界を拡げようとする時には、今との格闘があることを知るボランティアになろう。

ということで、旧暦暦愛好家として静かなおおつごもり迎えの一日となった。jvcc2015分科会決定通知も届き、2015年へ離陸、さあ。生きて出会って悩み転び年老いて語り尽くすボランティア星座座標。

サロン ド ぴーすけ

2015年2月15日 at 9:34 PMCategory:お知らせ

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拙宅の玄関ジャンクギャラリーに、展示ぶつが一個増え、生々しい記憶が十数枚ファイリングされた本日、そして県ボラ協会は主要事業ファイナルを完遂した。前々回のドキュメントにプログラムをお知らせしておいた。その振り返りをご参考までに。
圧巻は、二人の電気椅子パフォーマーの渾身の体躯、言語表現であったことは参集者一致であろうが、この多世代同居サロンの賑わいを初体験した街中オアシス感は、トレンドそのものと言えよう。

観光都市のプロキャンプシーズンに沸き返っているものの、大学の町だった昭和に比較すれば灰銀色を選ぶだろうここ中央西地区界隈。政府の改革は元工学部跡地のJAをも巻き込みますます地域自立の下地にあらゆる草の種を蒔く終末感をたたえている。
しかし、新大学に蘇った宮崎公立大學も最新の授業内容の成果物をご近所さまにフルに活躍していただく今回のワークショップをして確実な事例を示した。地域を蘇らす新細胞が本人である私たちの体内胸中に着床し今夜すでに増殖をはじめているではないか。
会食を交え、カルタに興じ、ストレッチを体感と説明の順序は前後するが、身体から取り憑いた徒労感を幾度か払い除けた部位に、スーッと元気は入ってきた。メスカの亀澤さんが流れを読んだ色での感想を求めた時、高齢者を代表するかのようなご婦人は、ためらわず「老人イジメっ!ですわ」と見事に逆襲のスピーチを満面の笑みでしてくれた。とても勇気あるトーンで実にチャーミングな謝辞でもあった。体験感動型授業のクライマックスの色カルタ遊びのあのテーブルの進行は推測しかねるが、わたしのテーブル6人の盛り上がりから想像するに、それぞれの取り札の色は回想に火を付け、一瞬で若葉の頃の香りさえかもし出しはじめたのは間違いないだろう。

イベントの評価基準は、動員力、対費用効果とあろうが、予測される波及効果の点からいってもふれあいぴーすけは成功と発見に満ちていた。そのことがトレンドの証明である。
方程式はこのように分析、まあ私論なので文責は私として。先ず、完璧にバリアを取り除けば、そこに真理が萌芽を出し始める。このことは障がい者を正視すること、つまり野海さんの「知る」を体験したこと。本当のことを知る。知れば自ずと答えを活きれば良い。宗教でも魔術でもサービスでもなく、ひたすら反応を掴む連続体の自分への気づきがあるだけである。
まるで掛け算九九を言える喜びを授業で獲得していったような、慌てなくても充分人生には時間があることさえ知ることとなった。
わたしのレポートはこれだが、多数の参加者には、もっと宝を見つけた方々がいるやも知れぬ。同席した皆さんへ感謝と感動を伝えられる方々も多いと思われる。誰も名残を惜しまず生活にもどって行かれ、爽やかな空間が大學にはあった。

木曜日とボランティア

2015年2月12日 at 10:58 PMCategory:お知らせ

image〜10年誌によれば以下の記録がある。

4 在宅障害者とボランティアによる「木曜教室」

昭和56年、宮崎県ボランティア協会が設立されてまもなく、障害者教室企画会議が協会内に作られた。在宅障害者の外出要求と創造性を高め、新たな友人関係を構築していき、ボランティアの養成もしていこうと、発足したばかりの宮崎県ボランティア協会の大きな事業の一つとして計画されていった。
この教室は奈良にある財団法人「たんぽ・・・」以下省略。

木曜日は、30年前のボランティア協会にとってはひときわ賑やかな日だった。のだ。
友人関係、つまりトモダチが在宅の障害者にとっては欠くべからざるモノだった。何より外へ出たいという望みを託されたボランティアだった。
今、現在はヘルパーをどう使役できるかが試される自立の時代となっている。ボランティアは暇をもらったようだ。
制度自体はなかなかやりくりが難しいと聴く。あなたは社長です!というデンマーク流生活にはなっていないという。遠慮や我慢賛美の風潮が引かなければ
いつまでたってもワガママな障害者の幻影がバリアとなってしまっている。
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木曜日、編集会議は中止だったがフラリと現れた野海さん。同居が始まったメスカ事務局が置いてくれているバングラ紅茶をすすり、ヘルパーとの約束の時間まで街中を探検して帰途につく。もはや木曜教室の役目は終わった。しかし、風のように渡り歩く障害者たちのためにいつも事務所を開けておくのは、重要であることは間違いない。

そして、新たなボランティア始動のきっかけづくりのためにも出来る限り、事務所は開放しておくべきなのは言うまでもない。

ふれあい ぴーすけ 入場無料 事前登録制

2015年2月5日 at 6:51 PMCategory:お知らせ

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回顧1981ー2014還暦おめでとう会

2015年2月4日 at 7:13 AMCategory:お知らせ

33年の軌跡の内に、今はわたし達の瞳を通して(現実世界から離れて)見ていて下さる協会関連の方々にもご報告すべき椿事。かっての若者たちも還暦となりました。事務局ボランティア個人連が懸命に呼びかけをして下さり、写真のような面々が当日4人プラス誕生日に当たった古老財部豊隆さんを祝いました。
まだ還暦には早い辻利則会長も盛り上げて下さり、一つの約束が成就した訳です。その約束とは、前席に横たわる納宏子さんらの御礼参り。当時は社会面でも驚きで取り上げられた自立生活障がい者コンビ、友井絹子さんとの二人を祝う会と近年同様に祝う会を持った理事・月曜日事務局ボランティアの菊永恵子さんからの御礼が重なって続いた私的イベントです。
時期が合わさり忘年会の意味も含め、望年会ともキャチコピーした協会至近のホテルマリックス宴会場貸切の豪華なメニュー。名幹事の山崎光代さんは延岡養護学校同窓会を飫肥の若殿岩切秀樹さんと企画したことのある会場で、雰囲気はふれあいの旅、又、ふれあいの翼のような異次元を成し、写真は合成ですが、無事約束は果たされました。伝統になったので、キーパーソン山崎さんの時や辻会長の時へとやっていきたいものです。ただしここでは年齢はオフレコということで。

2014 12.7

2014 12.7


さて、主役の4人の内私(右前列でカード)とサングラス(寿海さん)はゲストとして泉谷しげる6時間ライブなどへ参画の縁でH学院同級生。残りのロンブルコーラスとして今も健在な岩切政利さんとどんこや施設長の富村博光さん。二人は筋ジストロフィー患者会ボランティアとの縁が深い訳で、ボランティアしてきた人々の化石的人脈です。この化石的というフレーズに失礼!なというリターンを打ち返す岩切氏は大塚町からボランティア社会を見つめてきた証人でもあり、早退して写っていない岩切秀夫さんも近所で、わたぼうし歌う高校生ボランティア出身というメロディアスな経歴。そして宴会を二人で盛り上げた旧姓、物部聖子新婚夫妻は大還暦への序幕の舞いを舞い歌いました。同じくふれあいの旅系で、もう一人着物で花を添えたのは、甲斐ノリピー。彼女はNPO法人第1号の福祉のまちづくり協議会で育った。
こうやって、それぞれ人に歴史ありで、還暦までやってると網の目のような世界に生きてきたのが自覚でき、そのままセーフティーネットとして私を受け止めてくれたんだなあと見えない絆に感謝します。年金生活がやってきて、映画もシルバー料金。こうやって振り返りながらも前に進む。大還暦へ向かうんだという節目を
ボランティア仲間から祝福してもらい、この伝統も続けようと誓います。

成果報告会 ふれあい ぴ~すけ coming soon

2015年1月28日 at 3:08 PMCategory:お知らせ

img006どなたでも参加費フリー。
 名刺交換替わりに土偶造り?
   にわか地区住民として健康体操に混る!
おなかがすいたら 手作り バラ寿司&とん汁 食べる♡
   よっ’ 車いす役者さん
さて、①ぴ~すけハイスクール
   ②「ふれあいアート」ふるさと愛の基金事業
   ③「NFCぴ~すけカード」日常見守り・災害時情報共有システム
この三本の矢でボランタミクス
そして、あなたは何色に輝くのか

三つ(本)の事業(矢)がひとつに合体した成果報告会(ふれあいの場)の開催だあ!

寄付や助成金を受けながら、わりと生真面目に諸事業は展開しているが、新鮮な感動こそ

未来への活力となろう。思い切った報告会(オール体感型)が期待されます。

時:2015年 2/15 (日)11:30⇒15:30
所:宮崎公立大学地域交流センター 〒880-0031 宮崎市船塚町1丁目1番2号
申込:FAX0985-20-4855
   メール tsuji@miyazaki-mu.ac.jp
            
プログラム
            11:00~11:30 受付中 いきなり(焼かない粘土で土偶つくりに挑戦)
            11:30~11:40 オープニング
            11:40~12:10 アイスブレーク(健康体操)
            12:10~13:00 ランチ(中央西地区よりバラ寿司と豚汁を予定)
            13:00~13:30 パフォーマンス
                    和田祥吾(寸劇)、野海靖治(揮もう)
            13:30~14:00 ぴ~すけ報告(教育班、ボランティア班、福祉班)
            14:00~14:15 休憩(ごくふつうに)
            14:15~15:15 色カルタで語ろう 必見(目玉のコーナー)
            15:15~15:30 クロージング

コーヒーメーカー寄贈求む

2015年1月21日 at 2:51 PMCategory:お知らせ

imageコーヒーブレイクしているが、急須で淹れている有様。どなたか、コーヒーメーカーをくださると感激です。そして、事務所やセンターのサロンでボランティア談義楽しみませふ。

お年玉ネットワーク??

2015年1月21日 at 1:56 PMCategory:お知らせ

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水曜の事務所、昼休みに歩きに出る気象予報士県職OB村岡さんの手には傘が「今から振ります!」顔を合わせる度に聴くのでやや迷惑かも。さて、サロンと呼ぶ人もいるが、本日は生活学校の作業の日。矢崎黎子理事の杖の音がして、黄色いエプロン姿で情報を運んでくださった。孫の中2くんが介在しているのだが、コピーさせていただいた宮日記事は、見守り系ボランティア活動の様子が描かれている。しかし、われわれの視点は更にフォーカスして、その活動のリフレクションまで洞察することとなる。以下は、矢崎理事の発言内容。現物のコーピー紙仕立ての特注手書きの年賀状が過日、生徒さんから自宅に届けられ、同居の息子さんが代わりに受け取られ、手にした矢崎さんが一報して記事になった。ここまではネットワーカーとしての長年の杵柄のなせる技。しかし、ご自分も活動主体である婦人に取材すると、紙面の裏の現場での大変も聴取されたようでここからが味噌であるというのだ。当然若い中学生の訪問に喜ぶ出会いが、各戸続くほど現代地域社会は甘くはなく、ショッキングな反応を示され当惑する訪問もある訳である。例えば、やらせみたいなことを!と辛辣な反応なのである。投げられた言葉をキャッチするには経験が豊富とはいえない中学生。慰めるには「いろいろな老人もいるから」とがっかりしないでねと引き受けたという。更に、認知症の傾向が善意の活動から浮かび上がり、地域福祉のスタッフとしての気配りへの気の引き締めを自戒された。
そんな裏取材を矢崎理事はされて、協会へ伝えてくださったのだった。
このエピソードを今度は私流に咀嚼すれば、学校内でのいじめの構図を想像するのに、現場から遠い私には(ロケーション的には今も市立西中学校のグランドから昼休みの喧騒は届きはするが)妬みや嫉妬など気質的な欲望の焦燥感が波のように襲ってくるのを防ぎようが無い、無防備過ぎる、未経験などの要因が原因なのではと推測する。ご老人宅と教室の一つの席に通じ合うものがあって、同じ解決法も両方で探しうるものなのではないかと。受け売りになるが、今演劇脚本に集中している野海靖治さんが舞台で役者にこう言わせている「責任のとれる生き方を掴みたい」シチュエーションはカフェに集まる理解者たちとの交流で自立への心構えを掴まえた主人公のたどり着いた心境。禁句は「どこどこが甘えている」という社会からの声は洪水となって襲ってくるのであり、自立へのモチベーションは油断すると遠くへ吹き飛ばされそうになる。しかし、根拠の無い言葉に右往左往することはない。言った誰かはすぐに大衆の影に隠れ、雲隠れして逃げ延びるだけ逃げ、堂々と立っているわけではない。その影に怯えず、自分がどう責任と対峙していけるかを工夫することこそ生活基盤なのだ。微力さを自覚したら連帯して責任に近づけば良い。連帯責任などの単なる言葉も一過性の言葉が不自由なまま腐敗蔓延しているのでは?造語名人のニッポン人の悪い癖は改められなければならない。

話が膨らみすぎたが、お互い長年ボランティア活動をこのセンターで展開してきた婦人と還暦の私が親密に話ができるのも、孫さんと従兄弟の子が学び舎で遊んでいる仲間だという他愛もない日常である。お年玉を硬貨をポチ袋で上げはしたが、情報が風を起こし問題を知らされ、我々には考えさせられることでより良い経験知蓄積の素養となったわけである。