隣県熊本肥後

2017年3月15日 at 4:58 PMCategory:お知らせ

一昨年来、差別解消法の講演で来県された講師は熊本の方。この日曜日に難病のある人の就業についての講演者も熊本の老人施設施設長を務められる難病のある方。あのあまりにもリアルな2度の地震被災という体験に果敢に対応して来られ一層説得力のあるビジョンが宮崎にももたらされた。聴講した奥さんからのまた聞きではあるが、朝日新聞記事と併せると「自己開示」せねば道は拓かないという。県福祉総合センターの夜の部で連日開催されているアディクショングループのミーティングしかり、マスコミでもカミングアウトは真剣味をもって波及されている。

ボランティアですと発するのも自己開示。実は、・・・と一歩踏み込んだ話題を提供するのも閉塞感、もたれ、を気分転換し論点をさわやかにする。

熊本の話題に戻すと、3年前の栃木県小山市で開催されたコーディネーター研修に県費で参加させていただいた際、連れ立った女性アドバイザーの出身県を説明してくれた比喩は「議論好き」な県民性だった。我がひなた県民には苦手な分野かなあ。何故だろう。

いろんな仮説があるだろうが、ボランティア全盛期には、都会に出て堂々と「宮崎です!」という、言える姿の若き日向カボチャに芋がら木刀は少なからず好印象を振りまいていた。単純に愛し、愛され、郷土愛の名のもとにボランティア開示もできていた。

ただただ、やってみたいことの一つにボランティアがあって、やってる人の姿をまねている内に、自分なりの成果も得た。しかし、身体はのびやかに動くが、思考を広げたり、隣県のように議論好きが功を奏したような展開には至らず仕舞いだったのか。薩摩のせいにするのは狡猾だが、県西は封建色が強く戦場と化した全平野部、古来から歴史色の濃い入郷地方と元から自己開示された地域性で個性乱立なのか。まあ自然まかせで何とかなってきたと楽観的、ゆるぎなき過信のまま、時を得れば努めずに頭角を現わせてきたんだったのか。嫌が言えない人の好さには納得がいく。しかし、平等に、グローバルに人的環境的災禍は順々に押し寄せる。

そんな時こそ、ボランティアです!宮崎人ですっ!の自己開示を。議論好きの隣県から学ぶ自己開示である。なお、講演での自己開示とは、職場において意思疎通する上で、難病ケースへの理解を求め協力し合い社業発展へ向かうというWINWINなビジョンである。

車窓より

2017年3月15日 at 3:54 PMCategory:お知らせ

阿萬三木夫さんが事務所北窓に愛車を寄せられ、久し振りに一言三言言葉を交わした。

休日に都城市福祉まつりに出掛け、藤崎さんに逢って来たとのこと。なのはな村のお父ちゃんとの再会話の他は、もっぱら甥の男子高校生の成長譚。段に昇格したと剣道に励む姿に目を細める。愛車にはアマチュア無線のアンテナが装着されている。このアマチュア無線というのは、ボランティアを越境するかたちでネットワークの独自性と汎用性はSNSどころの話ではなく、在宅生活者は、CQCQのコールのもとバリアを取り除き合い、言語をリアルに波に乗せ、基本にはたすけあいがあふれていた。幹事・コーディネーター役の人物も育ち、理髪店のタオルを蒸す蒸気をバックに時間の空いた語り部たちが昼下がりのつぶやきを入れ、丁寧な受け答えは紳士淑女的であった。コールサインを得るところまでで実動は微々たるものだったが、そんな真剣味のある空中の交遊にはリスペクトを感じた。

まあ、趣味のたしなみではあるので、ボランティア団体登録で応分の役目を果たした仲間たち。今もその矜持をもつかの阿萬三木夫さん。福祉ネットワークの構成員として気づきの波紋を送ってくれた本日午後の車窓よりの語りだった。

恵子さん

2017年3月12日 at 10:42 PMCategory:お知らせ

「恵子さん」いつの日にか、菊永さんを慕う人の輪が二重にも三重にも車いすを囲み、励まされた人達、共感する愛の波動は日当りの良い大島の住居から、波紋を広げた。買い物、コンサート、旅行と活動バイブレーションは社会参加へも果敢に斬り込んでみせた。

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差別である、女性性で障がいのあることへの視線には、臆せず大胆に普通に振る舞う姿が、クールでかっこ良かった。アーチストとしての開花は、女優に変容するところにまで達した矢先。花のような笑顔を見せながら棺に女王のように入ってしまわれた。
できることならば、そのまんま、人形のように永遠にこの世に残って欲しい。恵子ロスの日々は当分世界を薄暗くするだろう。
しかし、我々は沈んでも彼女、彼女たちのパワーを十分に受けてきたのだ。「生きて!」「愉しんで」「歌って、踊って」生きることの素晴らしさを体現して見せてもらったではないか。
ありがとう菊永恵子さん。ずっとあなたのそばにいさせてください。さようなら。

ふくちゃん

2017年3月9日 at 11:56 PMCategory:お知らせ

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今度の日曜日、3月12日、日南市運動公園では福祉まつりが開催される。障害のある人も共に!社協キャラクターふくちゃんがフル祭ウチワには、参加をはばむ社会のバリアを吹き飛ばそうのパワーがあふれている。次の週には差別解消法の事例を勉強する初の試みも日南市では行われようとしている。
福祉ネットワーク「ジパング」を名乗り、社会全体を包み込むような愛のふるさとづくりを思考する岩切秀樹さんは祭と解消法研修の2イベントを通して、これからの自身の人生と日南の未来を明るいものにして行く気持ちを隣人に伝えようと静かに燃えている。

報告書製本32thふれあいの旅実行委員会

2017年3月8日 at 6:18 PMCategory:「ふれあいの旅」エッセイ | お知らせ

水曜日の夕刻、遂にふれあいの旅報告書の製本が始まった。実行委員と山崎光代の手作業は、アンケートのページがくっついてない!とホチキスどめ位置でやり直しと、全身全霊を傾けた旅の成果を最期まで丁寧に手作りしている。ブログの内容と同じ、福岡市ボランティアセンターの正木さんが山崎の出現に驚かされたエピソードをしっかり憶えていた報告に光代の笑顔が増した。ふりかえりをしようにも、報告書ができるまでは気が気ではなかったろう。しかし、あと数冊をホチキス止めすれば大きく息が吸える。

光代はフットワークあってこそのふれあいの旅コーディネーターである。愛車LAB4を駆って、門司港~宗像のリゾートホテル~キャナルシティと現場を踏み、現地ボランティア調達のため臆せず、餅は餅屋のボラセンに託した買い物付添いボラ。陥没も近かった時期のキャナルシティでは、出会ったばかりのボランティアと爆買いのひと時を過ごせた。

現在、実行委員会の構成は宮崎公立大学学生に頼りっぱなしの情況。MESCのITアドバイザーとして水曜日勤務の城戸松豪さんが旅の質を上げてきた後を順調に引き継いできた。その旅の軸が、彼女のアウトリーチ、下見であった。土産物屋さんを兼ねた、バリアフルな昼食会場にも交渉して人手の確保を取り付けた。何しろ杖歩行と携帯式電動車いすを使い分ける、八重歯のかわいい交渉人が来れば、最後には甘く見てはいけない、その真剣さは本物だという好印象を与え続けた。長年旅行のプロとして係わる旅行会社さんも、現場のホスピタリティが的を得たものではないことも承知であるが、山崎が単独で交渉した内容には信頼をしてくれているようだ。

ひと旅毎にネットワークを広げる、多様性受容力は、普段の友達付き合いにも、地域コーディネーターとして係わる生活者としての様々な仲間たちにも自然と伝わっている。そして、彼女の眼を通して観た現地の様子に色どりをつけていく参加者のパフォーマンス、学生たちのピュアな感性が重なり合って旅は終わり、次の旅までの生活を後押しし、新たな旅へと脱皮を続ける。少しづつ、社会へも影響力を及ぼしながら。

参加者のみならず、報告書を手に取ったら、段取りでほぼ7部までは完成している旅と、参加者の数だけあるドラマをどうぞ読み取って下さい。正真正銘みんなが作った楽しい旅のあふれる思いの数々を想像してみてください。

痛む手のため、最後の作業を渡辺純子に託した光代は、机にうつぶす程の疲労を一日の終わりには感じる。しかし、もう終わった。

泣いてもいいが、君は笑顔が良すぎるので、どうぞ笑って疲労回復してください。お疲れさまでした。純子さんもフォローご苦労様。隣の机より。

自立ラーメン うきは市社協謹製

2017年3月8日 at 5:13 PMCategory:お知らせ

「そうそう、車いすの方が来らしてですね!障がい者団体の買い物旅行に来るけん!言わして」名札を見て突っ込むと、福岡市社協の正木さんはすぐに応じた。集会でフルに躍動する脳と身体状態に持っていかれた全参加者の間には風通しの良いまどかピアの奇跡が起こっていた。ふれ旅の秘儀である山崎光代行脚は、ここでも評価されていた。ようだ。

うきは市社協「Cococonne」謹製

何かがあり、何か起きると予想をして行ってきた2017JVCC大野城V・コーディネーター全国研究集会。帰宅後さっそくラーメンの袋から宮崎味を選んで食べて三日間を振り返る。エプロン姿の社協マンの国武さんの分科会では、いきなりサクラになった実行委員が「何かむいてるボランティアはと訪ねてくる」寸劇仕立ての前説から急な展開が始まった。A-5分科会。THE BIG ISSUE 「ホームレスの仕事づくり自立を応援する」等、NGO系の事例がテーブル内にも寄せられた。(茶菓の山ははんぱではなかった)すでに非日常が繰り出され非日常だからこそコーディネートに燃える社協福祉ネットワーク関係者のみならずNGO関係者に大いにもみもまれた。大野城VS全国土産自慢ブースの交流会をはさみ、B-5分科会、クロージングと開会行事以外は、座学的雰囲気はなく、輪、三角になり対面姿勢で語り合い続ける内に自分の中に軸を落としていく形式で総ては身体ごとの学びの場であった。新任コーディネーターの内に多様性のパンチを体験するには良いチャンスで、同集会を好機として送り出した全国各地のセンター窓口、施設・病院のボランティア・NPO・NGO窓口。

B-5の分科会では、持ち込まれた障がい者とのキャンプ企画というお題にセオリーに沿い、考えられる限りのコーディネートへ知恵を出し合った。両日とも分科会担当者から電話でアンケートや話題提供などの段取りが丁寧になされていた結果、アウトリーチされ問題解決へのアイドリング状態にまんまとなっていた参加者。

我が宮崎県からは、小林、のじり、都城の高校と県西からの方々と、西米良村、私NPO宮崎県ボラが名簿上には並んでいたが、ついに顔を合わせることなく帰路に着いたのは心残り。そのかわりといってはなんだが、沖縄と千代田区、奈良の大学の方々とは前日の夜の企画で、JR水城駅前のひょうたん島に上陸し、地元のお酒に酔い、駅では何故か、ベトナム留学生に接して非日常はフルに三日間続いた。

時代の急速な時の流れに即しスピーディはあたり前でキビキビした行事展開。しかし、深刻さへは深く介入するべき時もあるコーディネート。一瞬の間に「つなぐ」芸当が要求される。そのために日頃のネットワークと情報共有が不可欠。

そして、丁寧にボランティアを求めるニーズ自身に「自己有用感」をも持たせることができるならば安堵できる。B-5運営委員、城南区社協大倉さんのあえて失敗した事例を再び引っ張り出し、全国からの同志のような存在にこころのキャパが広がる風を受けたならば、他流試合に挑んだ参加者、運営側もろともWINWIN.。この非日常でもみもまれた意義が地域に種となり根を下せば、ゆっくり時間をかけ続けることだ。わたしが「よだきい」と口に出せば、大分の方言だあと帰って来た。九州も、来年開催宣言をした信州も広いし、ネットワークはつながっている。コーディネーターはネットワークの水先案内人なのだ。

差別解消法&県づくり条例

2017年3月1日 at 2:50 PMCategory:お知らせ

飫肥へと今夜向かう板子乗り

延岡会場 平成29年3月1日(水)13:30~16:30延岡市社会教育センター1階・研修室1

主催:特活PAみやざき*の展開する協働事業も三番目の会場で現在進行中。無事終われば、最終会場:日南市生涯学習センターまなびピア2階・視聴覚室を3/17(金)を残すのみと次第に盛り上がりを見せている。本日は留守番と送り役を仰せつかり、夕方までは、県ボラ事務所で通常の野海さんとのライター作業で過ごしている。都合3度の研修に加わったのでおさらいをしておきたい。

いずれもDPI(障がい者インタ―ナショナル)会議のNGOとしてのテキストを研修を受けた上で、座学と身近な仲間が進行役で話し合い「差別」あたるのか当たらないのか、事例をもむプログラムであった。メモを読み直すと、義務教育からスタートする人生で、養護学校という限られた体験で社会参加へと行動を広げようとする時にすでに在る社会はバリアフルな状態が改善されないまま。齟齬が生じても当たり前。世界的にも同時進行で権利としての確立を各国に呼びかけが始まったのが、思えば国際障害者年スタートの1981年。わたぼうし宮崎コンサート黎明期にいきなり旧宮崎市民会館の舞台に言葉として降りて来た。常に当事者の声を踏まえながらも法の制定は危うさを抱えながら、遂に昨年からの施行となった。県の条例しかり。

昨年の今頃から、法律と条例制定を祝おう!との要請から知り始めた「解消法関連の動き」。実質、4/2のパレード祝賀会はイベントとしてはうまくいって ホッとしたものだ。そして、法が伝えるものの真剣さは年間を通じ浸透しはじめた。そして遂に声が上がるようにようにまでなったと言うのが現状。社会全体が真剣に差別解消に動き出すまでのプロセスの途上に就いたばかりとも言える。当事者の声を待たずに率先した動きが連動する手立ては地方公共団体が一手に引き受けているようなもので、行政府でも内閣府からの指示を縦割り行政が、配下の民間事業者に新たな規律として目を光らせていくという延々とした流れ。だが、法の意味は、比較的自由者であらんとする我々ボランティア団体とて順守せねばならない。

家族同然の気持ちの上で、いつのまにか立ち位置をうやむやにしてきたような気がするが、法の上では、あらゆる事業者と同列で差別に真剣に取り組まなければならないことが明白にされ、家族間へまで律することはうたってないが、ハラスメントやネグレクトとして家族の中での緊急性へは立ち入ることで子供を守る事例では明白化されている。

是非、当事者ファシリテーターが挑戦しているワークショップやタウンミーティングに参加することで、障がいのあるなしを超えることで見えてくる社会改革へともに進みたい。

協会の当初からの会員である飫肥在住の岩切秀樹さんもファシリテートを学びながら実行に移し、草の根の障がい者運動の一役を担う覚悟である。彼がいざ鉄道を使い当事者と交流しようとする今時点では過疎化した飫肥駅となってしまっているのが現状。そこで板子乗りの登場である。写真のスロープを持参しても社会参加の質を上げ、過疎でないまちへと汗をかき合うのだ、楽しくを合言葉に。

*特活PAみやざきは、YAH!DOみやざきから派生したサービス提供業者名。ちなみに「どこでもドアー」も名称はニュークリエートとしてヘルパー派遣業に励んでいる。

おまけ。活動には支障がない野海さんにとってipad操作での細かいミスタッチを防ぐソフトがないかなあ?!教えて城戸さん!とのこと。移動バリアに果敢に向かい勝利した彼にも、ITのバリアとの奮闘は続くのである。終わりっ!

おひさまプロジェクトa.k.a.アザミ姫

2017年3月1日 at 1:07 PMCategory:お知らせ

梅子さんは興に乗ってきたと見え、シコをふんぢゃった。土曜日の午後、地域コンサート5月開催がおぼろげながらも見えてきた有料老人ホームおひさまにおいとまするタイミング。五嶌さんには納宏子さん紹介でぎっくり腰を診てもらった恩もあるが、現在は三ヶ所の介護サービスを手がけておられる。その場を地域密着型展開として、利用者の納さんが面目躍如で仕掛けを投げ会談はよいスタートをきった。

そもそも、一昨年の退院を機に病院主催で話し合いが持たれたとき、当事者の主張をバックアップするため五嶌さんと私も地域自立生活の応援者として顔をそろえて今がある。もはや介護保険制度の枠内での選択を余儀なくされ、あわや施設入所が先行し気色ばんだ空気も流れていた。40代後半からの家を開放し、自身で外出する力を得た納さんの存在アピールはわたぼうしコンサートをメインに失われた成長を一気に加速させ、ウサギに追いついた亀のように生活を展開して行った。そして多くの賛同者、後に続く自立生活者へ先行く仲間となった。

しかし、かってのようにはボランティアが寄ってはこない今と、老いへの階段が立ち塞がる現状に至っても、湧き上がる共生への欲求は枯れない。後見人制度で親身になる存在が増え、その彼女の趣味の楽器演奏を喜んだと同時に、施設改革案までも考え始めたのだった。

そこで毎週顔を合わせる利用者が梅子さん。うちとけるきっかけを互いに見計らうのか辰年の二人。他の男性らもサイモンとガーファンクルのブックエンドの歌詞のごとくポツンと座して日々を淡白に送る様子。その精神的沈黙空間を打ち破りたいとの秘策が納さんの頭脳では芽吹き、取り巻を動かし、気心の知れた経営者もけしかけ遂に決行日までが見えてきた。

思えば、いつもそうだった。激励しているつもりが知恵と勇気を吸収させてくれ、運び役のつもりが舞台の袖から役を果たせるまでに育てられた。今回も生死をかけるくらいのモチベーションが自然と移り、波及効果間違いなしのイベントへと力が集まりだした。一番ブレイクした還暦大パーティーから16年経った今年、相方の友井絹子さんが10年前に逝き、一周り若い菊永恵子さんが闘病の床にあるのに較べたら孤軍奮闘する姿は静かさと崇高さを増し続けている。改めて彼女の生き方にアザミ姫の冠を捧げる次第。

吉都線

2017年2月22日 at 6:22 PMCategory:お知らせ

明日になれば、鉄道で旅する車椅子たち。ファシリテーター講座の交流会で人気者だった坂本夏美さん。自立生活への虎の穴で半年過ごした野海さんの若い女性版となっている部屋に行ってみた。主目的は田中達昭会長の墓参だったが、元YAH!DO事務所、歴史的にはほうれん荘長屋はシークレットでアノニマスな団体事務所も連なっている。これ以上解説してはならないが、夏美さんには後ろにはかって「BARきぬこ」があって人つなぎに懸命な命を閉じた友井絹子さんが住まったことを知ったかぶりした。夏美ちゃんも「私が初参加したふれあいの旅、阿蘇でも二次会に出たのが自慢できる、今の飲み会では外交的になれる私っ!」とキラキラした目をまたたかせた。

そのふれあいの旅が当然の如く鉄路での旅だった頃。京町温泉へ繰り出した。武智秀之さんなど小学生の頃。そんな懐かしい、しかし、鉄道での旅という選択肢が車椅子利用者に難易をかける未来となってしまった。その暗雲をはねのけ、どしどし出現することで社会のあるべき姿を体現させようとこの4月1日でまる一年の法律の可能性をたぐりよせる活動が本年度の終わりを飾る。

差別解消に向け、1から10までの問答をまな板に載せる。率先してそれぞれの意見を出しやすい雰囲気、風をファシリテーターは起こし同じテーブルでの議論の広がりに身を任せる。知らされないことの何と多いことか。狭いタコツボの中でよくも生きられるものだ。その殻を車椅子の出現やこころの病や難病や、感覚が過敏すぎる知覚、キラリと流星を光らせる頭脳の持ち主やらが八百万の神様のように同時に同時代に存在することで開かれる可能性。

そんなことを目指すタウンミーティングが今後3ヶ所で開催される。おためし企画で手ごたえを感じたファシリテーター諸氏と、都城(高崎)延岡、最後の日南(自宅)と旅の一座に加わるのが岩切秀樹さん。野海さんは自立生活のトイレ改造に向けて動き出したところ、彼曰く「いろいろある」。そして、差別解消へ向かわなければならない。

全身全霊

2017年2月22日 at 6:20 PMCategory:お知らせ

少し事務所入りが遅れた。待ちわびたのか野海さんはメールと指示。気分は稲ちゃん流にばかあー!!!!!だったかも。メールには本日の日付が入り、旅日記出版のことと、日本福祉大学通信制への一年間継続申請の手続きの用件が。PDFへの記入に手間取り、郵便局へとあせる気分の文豪をトイレ休憩の後、送り出した。しかし、ほどなく雨にたたられ帰還。ばかあ!!!!!な気分が深まったようだ。そのばかあ!!!!!にひるまず、稲ちゃんの後継者としてどしどし外出活動に励むように応える。タイミングよく飫肥の岩切秀樹さんよりFACETIMEがかかり、明日の都城(高崎)同行を打ち合わせた後、封筒に収まった継続願書を写し勉学ムードが広まることとなった。

さて、ボランティアセンターの印刷機器ブースが撤退した空間、ワーキングルーム入口に雛人形が飾られた。

ひとが発する全身全霊

不随運動がしょうがいと呼称され、差別の心に油を注ぐと考えがちだ。しかし、静観すると不随運動をうまく制御して、電動車を運転し、ちゃんと7000円也の車の保険にも入り活動する姿は全身全霊をかけている。一方で行動に慣れた大人たちは随意に身体を使っているようにもあるが、いつも真剣さを伴ってはいまい。加齢とともに眼は焦点をぼかし、排尿機能にも不随な兆候が出始める。これは実感する。元々不随なひとがたくみにそう、全身全霊で自分と機器をあやつる姿は学ぶべきである。全身運動こと健康維持のベースである。簡単にできてしまっていては積み重ねや改良、工夫の知恵も育たない。そんな流れで加齢に入れば危険なはず。

だから、みんなが求めているボランティアってやつをやってみるってのはいかが?それこそ全身全霊で取り組めば結果は安心につながる。手助けを求められている瞬間、全身全霊を傾けることで相互関係が成立しうまく行く。また、両者とも余計な怯えを消し去る全身全霊さこそが無我であるともいえ、限りない力を自らの中から発し、やさしささえ帯びる。誰とでも交信可能スキルを身に着けられる。意識しなければみんな同じ人形。そこに全身全霊を傾けることでひとらしさは身につく。対象に全身全霊を試みることで意外と真の自分も開きはしまいか。ボランティアは無償性を越えた全身全霊性を試す活動である。