2017年8月16日 at 2:07 PMCategory:お知らせ

でく工房からの永い発信

開いていなかった本「まいにちが生活です」を衝撃を受けながら読み始めた。何かと奈良たんぽぽの家や日本青年奉仕協会から送られて来ていた書物。大阪ボラ協からは流通出版物として買わないと入手できなかった、知識の源泉。その系統だったので障がい当事者の自分史だろうと読み込まずにいたのが「まい生」。ネットで検索すると出版社、わらじの会そしてでく工房へとリンクがあり、首都圏文化の百花繚乱にしばし刮目の時だった。ミレニアムをまたぎ市民社会宣言が一応ボランティアシーンでも当たり前とされた頃、ボランティア経済とでもいうべき当事者への眼差しを形にしながら食っていく企業が継続を続けて来た首都圏。願わくばもっと首都圏文化がすぐ隣にあるような地方であれば。

アウトリーチ

2017年8月9日 at 5:45 PMCategory:お知らせ

辰身信子さんが急逝され、市民活動のパイオニアとしての巨星墜つの感。永山昌彦さんとコーディネーターとして座した宮崎市ボランティアセンターサテライト「ピアルーム」が開設された時の衝動は日向ボランティア紀元元年と言える。バブル後ますます首都志向経済文化は街をくまなく侵食した。若者たちの町若草通はそのTOKIO文明にアンテナを張っていたが、アンテナはデジタルを強く受けさせられ私さえポケベルも携帯に持ち換え始めた。
ボランティア都市という名称も行政から名乗りが出て、ノスタルジックな宮崎市民会館後に、現市民プラザ計画も槌音響く。

ありがとうをこころからフェースブック上の笑顔へ


若草通「ピアルーム」は市民プラザに移行するまでの間成果を上げた。その教訓は今までの誰かボランティアが訪ねて来るのを待つ体制を、人がすでに集まって来るところにセンターを開設することの大成功。閑古鳥の鳴く原町事務所へ向かう足を私もしげく通った。そこで、カウンセリング専門家でもある辰身さんと白いボールを投げて受けることの愉しさを教えてもらった。場所柄、ピンクの毛髪をした宮崎ダルクのみやさんなどスマートに入れた。永山昌彦さんから聴いたが、近所の清掃奉仕という事で、公園のゴミを収集した中に依存系のカプセルなど目に付いた、都市の抱える問題にボラセンが入る意義と難しさこそが学びであった。
その宮崎市自体も都市として大型化し、市民プラザは最新の中間支援センターとして市民活動を育んだ。コーディネーター職を辞してからは男女共同参画センター開設へと専門性を深められNPO法人としてもその名の如く「きらきら」したライフスタイルを提言しておられた。志しは受け継がれ、アウトリーチ精神とともに市民の血と骨とを構成していこう。

しっぱいした

2017年8月9日 at 3:37 PMCategory:「ふれあいの旅」エッセイ | お知らせ

盆近い事務所には、メスカ塾生がPCに向かい、野海靖治さんは桟敷で旅日記を。2年ほどさかのぼること、都城・なのはな村主催の講演打合せの頃に電動を走らせている。昨今の荒天模様は2年以上前からで、事務所に都城から電話で激しい雨の中の野海さんのMJ・なのはな食堂到着を心配されていた。結果として全国規模の障がい作業所の熊本大会へ注目を集めるプレイベントに野海さんは登場した。その縁で熊本学園大学を会場とした全国大会へも私を連れ立ってくれた。そう、昨年の震災時に拠点として大機能したあのキャンパスをすでに観て来た。行程は鹿児島中央駅からの新幹線利用、出発は野海さん最寄りの南宮崎駅。障がい者割り引きで一人分の料金。アミュプラザで帰路には軽食もした日帰り。今年のふれあいの旅を先見した路面電車にも乗り、震災前の穏やかな市街地を眺めたものだった。

毎日生活、アクティブライフ


さて、「しっぱいした」と言葉にした野海ふれあいの旅実行委員長。昨日の第7回実行委員会を経て来たばかりなので「しっぱい」にも力が入っている。今年は県内のいろんなところを探索という自身の目論見が「熊本」で進んでいること。インバウンド業界でも個人旅行へ指向が向いているのと同じで、ボランティアが遠方なら費用もかかり集まらないことへ、逆に経費もかけず県内で興味深いところへという私案を暖めていたのだが。結局実行委員会へそのプランを出せず仕舞いの「しっぱいした」なのである。青島から始まった辻会長、公立大生との旅の再現を再再現できれば、ボランティアの動き不振な壁の打破になる!
無理しても出なきゃ、自立生活は実現維持できない。持論は堅い。ヘルパーに遠慮してしまい行きたいところにも行けないというある種の矛盾。
もろもろ、日常に秘め続ける生活のことへの光として、ふれあいの旅のテーマを考え続けるのである。

荒波一雄( 元事務局次長)さん

2017年8月7日 at 9:01 AMCategory:お知らせ

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県ボランティア協会事務所でふれあいの翼などの委託事業を成功させていただいたアラナミサンが、お亡くなりになられた。膵臓がんにともなう療養、手術の矢先の突然のことでもあり親族の方々は驚かれる。バプテスト教会の執事をライフワークとしておられ、十字架の下讃美歌に送られしばしの眠りにつかれた。台風前夜の通夜には県ボランティア協会ご縁の友も集まり、棺に立派な顔を納めた勇者を偲んだ。わたぼうしコンサートを通じて活躍された弟さん靖裕氏の挨拶「障がいのことで愚痴を一度も聞いたことなく、受け入れていた兄」、そのままにボランティアシーンを得意の運転で駆け抜けて、先を行っていて下さった。2月に70才となられていた。写真はアラナミさんのアイデアが詰まった丸山町バプテスト教会の様子をwebに見つける。

第33回ふれあいの旅

2017年8月2日 at 4:31 PMCategory:「ふれあいの旅」エッセイ | お知らせ

第33回ふれあいの旅実行委員会では、第33回ふれあいの旅をSNSで広報中。https://www.facebook.com/fureainotabi/

本日のブログは休みます

2017年8月2日 at 12:52 PMCategory:お知らせ

水曜日の当番に事務所入りするとそこにはめまぐるしいボランティアワールドが広がって、要するにあの世とこの世の交わる場所(このセンテンスはpleaseP23にある「九州ものしり学」にコメントされたMESC亀澤克憲さんの詩人としてのもの)・・・通路だったのでは」と語る。主題は青島特集としての文面。そんなボランティアにとっての通路も盛夏に負けず盛り上がっていて、とうていブログ力が追いつかず。休みます。

本日は休みます

つち いと ひかり

2017年7月26日 at 6:34 PMCategory:お知らせ

ギャラリーで親子三人展を鑑賞した後、ウィンドショッピング同士のばったり出会いがふれあいの旅ボランティアに何回か参加してくれた若い女性。作品を観た後、カフェでの飲食も済ませ満ちたこころは、躊躇なく駐車場へ歩く道で声掛けできた。「ふれあいの旅のボランティアしてくれた人ぢゃねえ!」「えっ?!」
変人に出会ったというのでもなく、私の存在を識る人との思わぬ遭遇だと前向きに受け止めてくれた。33回目の実行委員会が奮闘中、あなたも是非!と畳みかけたいところだが、言葉少なに来てみらんねと情報提供した。彼女にとって選択肢の内にボランティアが眠っているだろうから、一緒に風にならんねとの気持ち。
恩着せがましくもなく、押し付けでもなく、自然にまかせる関係づくりの難しさ。自然から学習できた作法は、自然が不自然に陥った危機的盛夏の昨今、風が伝えてくれそうにもない。そのために識るとは何かが凝縮されているのがアートであろう。脳の潤滑をうながし自然と調和する開眼がもたらせられる。
今回の個展は、表題にあるように、土=陶芸、糸=原形・デザイン、宇宙にさしこむ光をそれぞれの目撃者に繫いでくれるものだった。いのちにつながる生きるという普遍性。つながる糸を紡ぐ。前の世代は点から線で面へと事業の成り立ちを理解するところまで至り、我々に伝えた。後継たる者は、さらに自然回帰、自然な心の恢復を同時進行形で意図するあたりに差し掛かっている。どんなに野獣性で牙をむこうが、宇宙に包まれた自然は次々にいのちのつながりを蜘蛛の巣のように広げ続ける。そこが照らされ、反射し光源は霧に包まれているかのようだが、安心波動はみえなくともそこから感じられる。
今週の水曜日は、昨日の実行委員会の機関車的活発の余韻を少し残していて、個人会費納入というベテランボランティアをも呼び込んだ。いのちがつながり広がる時と同じくして、共通点はタダだということのボランティアもあくまでも池の波紋のように広がり収縮を繰り返す。
よき縁につながり根源のいのちへの安心感さえもっていれば、生きて行く!
冒頭の街角でのボランティア志願者とのつながりが彼女の創造性を高めれば、ドラマとしての旅に役者が増え、彼女の世界でのプリンセスであるはずの不思議の国の王女は果敢に生きて行く内の一日を輝かせるだろう。音楽やものとしてのアートに包まれ、やさしさに包まれ、かつ勇気をふりしぼり生きる。
協会事務所を続けることも、生きる!に通じてのことである。

生きる!実行委員会と協会事務所

ぬきなあ

2017年7月26日 at 6:31 PMCategory:お知らせ

先日、散歩で生目神社坂下をおりた場面で、朝の庭仕事らしき農婦人に声かけると「ぬきなあ」と返事が返ってきた。驚いた。農村のいっかくという事で親しみを混ぜたつもりの梅雨明け直後の暑さを挨拶したのが、綺麗に撃ち返された。言葉の力。ゆるくカーブをかけたつもりの「暑いですねえ」が彼女のストライクゾーンに吸い込まれ「ぬき!」プラス「なあ」と高らかなホームランが浮田の平野を越えた。
さて、ざっくばらんな性格で実行委員会を引っ張る山崎光代の魅力は、容姿を破る根の張りのしたたかさ。本日も勤務後事務所にフェースブックチェックによる。学生らがふれあいの旅ポスターの原画を送付しているのに朱入れの目を光らせる。何でこんな間違いをと厳しい。障がいのある人との様々な経験はこれからだと助言する。そして、FBでのやりとりがぐんと進んでいる実行委員長にならい、ipad買おかねえとつぶやく。さっきは延岡の神楽に行きてえとも、そりゃ薪能ぢゃが。等々、やりたいことをいつもポケットに膨らませていることがカワイイ。何で興味をと投げると、延岡駅の側の居酒屋のことが希望の中心のようだ。その居酒屋は生前の友井絹子、中村幸広らの止まり木だった宮崎市清水町の店が里帰りして開店した処という。歴戦の志士らにならい酒をたしなみ、明日を語るのがふれあいの旅旅人らの流儀となっている。

できあがったポスターに朱入れする光代

セプテンバー30th

2017年7月19日 at 6:06 PMCategory:お知らせ

30 土 × × 宮崎市民プラザオルブライトホールの予約申請ページには9月30日(土)には使用申請了承済となっている。何が飛び込んでくるかわからない県ボランティア協会&MESC事務所に白いパテェシエ服姿の安藤義人さん現る。ちょうど過去には生活弱者をターゲットに炊き出し、安息所などをほぼ自力で展開し、事務所機能をここにも置いた青年が立ち寄っていた時間。私用だが、前回の盲導犬も来たライブハウス・ガーラムでの益を還元してくださった。やったあ!スイカ買うぞ!
さて、お札とともに渡された練習用CDメディア。2曲必死に練習に入る曲。それがカーペンターズとアースウインドアンドファイヤーEW&Fのセプテンバー。関連性はないとも言えないが、9月になれば我が宮崎の地でもやまゆり園の事件について語り合うイベントが計画されて鋭意準備進行中。もうすぐ1年が経つ。新聞報道でもフォローアップされ、宮崎からの鎮魂!生きる意味を問おう!というお楽しみ付きフォーラムでゲストが県内外から多数集まる。
事務所に一番身近な野海靖治ふれあいの旅実行委員長は、車椅子でも独り歩きできる世の中づくりをたった一人の孤独感の内に試行錯誤する生活実践中。何か人とのつながりへの手ごたえに不安な部分を吐露する。市民一人ひとりとの関係性構築は選挙運動なみの精力がいる。ただ出先で用を足すときのトイレに座らせてくれぬかという数分を断られるとしばらく気持ちの回復に時間が必要らし。慣れ過ぎた私のやり方はおもちゃ(ロボット)と見立て操作して遊んでるんだそうだが。

黒木ひろたかさん作品わたぼうし8/20コンサート

刷り上がって届けられたポスターのバックには暗雲瞑想の野海さん。今年のテーマは「伝えなきゃ」とある。長崎コンサートも同日、現地のわたぼうしが展開する。何万粒も種が撒かれ続け、たんぽぽの花は咲き綿の穂も実ってきた。とはいえ、土砂で押し流されたり自然同様に人間のすることにもむらができやすい。誰にでもおもてなしという標語の実効性にもむらが見える。すべてのことには関連がありそうだ。自発性を後退させず、ひるむ心を建て直す気持ちよ風になあれ。9月にはそんな風が吹いていることを目指し酷暑を耐えたい。セプテンバーの歌詞はこう韻を踏む。blueをtrueにしてshare!解放の鐘が鳴り響き、我が魂は唄わむ。黒雲立ちこめむ9月21日夜ぞ払い給えむ。頼みやすい店員さんをはじめとする市民が軽やかに9月になれば踊れるのかっ。また来週、お疲れ様と雨を予感したが外れたけどこれまた慣れたヘルパーさんと車上の人になった酉男。

掲示板

2017年7月12日 at 4:25 PMCategory:お知らせ

野望どまりだが、市制に一個はアイデアがある。それは、「活動」的な人なら誰もが経験しているだろうポスター貼りのことである。写真を撮ったようにようやく進化を遂げ雨にも強いファイルが準備されている。感謝ではあろうが、まだまだ広報を合法的に援助する掲示板へと進化をさせたい!と公約するのだ。
地方代議士選挙と内閣改造とかは、相撲の力士名とともに自然とTVを通じ身についた昭和はざま世代も還暦越え。団塊が後期高齢者、ゆとりが大人期と世代も多様性に富む。定年前に柱を打ち立てときゃあ良かったものを!個の時代を促進した功労くらいかな社会との相関図。

20170712-152810.jpg私は投票する時、判官贔屓的に弱者優先な入れ方をしたような気がする。傑作なのは、知事選の時、あまりの盛り上がりに当時(今もだが)茶髪でヤンママしてた長女が候補者の名を口にしたのを真に受けたが、本人は行かんかったつよなのだった。
さて、市民活動の時代に小さな活動にも動員をかけるのは、民主主義の役割だろう。ギャラリーが集まれば集中力や投げ銭的に思わぬ結果だってできかねない。市民力は総力戦というやり方は時代性を帯び伝統としての祭りを成す。一方たった一人からの気づきの伝搬には前例なしという言い訳が通用し続け、人間関係の新機軸までもトップダウンしかないような気がしてならない。知らされない、ことの中に磁場が潜むことは、知らなくて良いとの排除が意図されていると意地悪に意地悪で返したくもなる。映画((1984))のとおりに、街中にディスプレーが目立ち出し、掲示板には何時の間にか小さな活動さえ探せなくなっている。自発性を励ますような掲示板の役割を左右する予算化に決定打は、場外から飛んでくる可能性を見よう!である。